『46億年の記憶』  ~新編集版~
        わたし

 なんか、出生数が減っているみたいね。
 日本の人口はどうなってしまうのかしら? 
 ママの不安が伝わってきてわたしも心配になってきちゃった。
 でも心配したところでなんにもできないから、今は自分自身のことに専念するわね。
 
 で、この前はどこまで話したかしら? 
 え~っと、そうだ、わたしの体が2つに割れたところだったわね。
 そうなのよ、いきなりだったからびっくりしちゃったけど、そのあとも凄いことが続いたの。
 今からそれを教えてあげるわね。
 
 あのあとね、細胞分裂を繰り返しながら卵管の中を転がるようにゆっくりと進んでいって3日後に子宮へ辿り着いたの。
 その時の細胞は32個になっていて順調だったけど、安心しているわけにはいかなかったの。
 これから40週間過ごす寝床を急いで探さなければいけなかったからなの。
 もし、うまく寝床を見つけられなかったらどうなると思う? 
 その時は体の外に排出されてしまうの。
 死んでしまうのよ。
 恐ろしいわよね。
 だから、わたしは子宮の中でプカプカと浮きながら必死になって探し続けたの。
 そしたら子宮の内部が厚く盛り上がってきたのが見えたの。
 着床できるように準備をしているように思えたから、寝床に最適な場所を目を皿のようにして探したの。
 でも、これはという場所は見つからなかったの。
 どこなの? 
 どこにあるの? 
 って必死になって探したけど、時間が経つにつれて不安でいっぱいになってきたの。
 だって、残された時間は多くないから、早くしないと月経となって一緒に流されてしまうのよ。
 わたしは祈るような気持ちで探し続けたわ。
 するとそれが通じたのか、「ここよ」っていう声が聞こえたの。
 その声がした方を見ると、厚くなった子宮内膜に窓が開いて〈おいでおいで〉と誘うように手が振られていたの。
 「あなたは誰?」って聞いたら、「私はあなたのパートナーよ。あなたを包む〈ゆりかご〉よ」という声が返ってきたの。
 わたしは近づいて、声の正体を見極めようとしたわ。
 そしたら「心配いらないわ。私はあなたの味方よ」と優しくて温かい声が聞こえてきたの。
 だから「信じていいのね」って確認したら、「大丈夫。早くいらっしゃい。私の寝床でゆっくり眠りなさい」って言われたの。
 わたしはその声に吸い寄せられるように開いた窓から中へ入っていったの。
 すると、ふんわりとした寝床が受け止めてくれたの。
 そして、「疲れたでしょう。こんな小さな体で1週間近くも旅をしたのだから、大変だったわね。さあ、ゆっくりお休みなさい。ぐっすり眠って疲れを取って、明日からの細胞分裂に備えてね」って包み込むような声が聞こえたの。
 それは子守歌のように聞こえたわ。
 そのせいか、その声に誘われるように大きなあくびが出たと思ったら一瞬にして眠りに落ちちゃったの。
 おやすみなさい、と言う間もなかったわ。

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