『46億年の記憶』  ~新編集版~
「お腹の中で育つ胎児の成長は生命が誕生した38億年前から続く進化の旅なのよね。退化の旅ともいえるんだけど」

「それって面白いよね」

 胎児の体の変化をよく知っている新が頷いた。
 
「本当にそうね。一般的には退化は進化の逆と思われているけど、そうではないのよ。退化は進化の一部なの。進化に伴って起こるものなの」

「そうだね。1個の受精卵が赤ちゃんに成長していく過程で進化と退化が見られるのは神秘としか言いようがないよね」

 考子は頷きを返すと共に、よく理解してくれている夫の存在を有難いと思った。
 
「その神秘を解き明かそうとしているのが痕跡器官学(こんせききかんがく)なの。退化した器官や痕跡化した器官を調べれば生物の進化の過程がよくわかるのよ。でもね、もう一つ大事なことがあるの。それは他の生物と比較することなの」

 痕跡器官学とは生物体の中の使用目的が明らかではない痕跡的な器官を生物進化の証拠として積極的に取り上げる学問である。
 そしてそれは各種の動物と互いに比べることによってより明確になることが証明されている。
 
「私たちの研究は比較解剖学なしにはありえないの」

 新は頷いたが、これからどんどん専門的になっていくとついていけない可能性を感じて話題を変えた。 

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