『46億年の記憶』  ~新編集版~
「昼食はパスタでいい?」

「ウィ、マダム」

 オゾン層の話でちょっと暗くなって会話が途切れたが、考子が話題を変えたので新の表情が明るくなった。
 何故なら考子が作る〈茄子とバジルのトマトソースパスタ〉は新の大好物だからだ。
 だから運ばれてきた瞬間に左手にフォーク、右手にスプーンを持ち、クルクルっとパスタを絡めて、あっという間に平らげてしまった。
 
「ボーノ」

 さっきはフランス語で今度はイタリア語だったのでなんか変だったが、考子が笑っていることを気にする様子もなく、それどころか、考子がまだ食べている途中なのに自分の皿を下げて、台所でコーヒーマシンにカプセルをセットした。
 そして、考子が食べ終わる頃を見計らったようにエスプレッソを2つ運んできた。
 
「どうしたの?」

「ん? 別に」

 新はなんでもないというふうに取り繕ったが、実は話の続きを待ち切れなかったのだ。
 考子の妊娠がわかってから、今までになく生命の進化への関心が高まっていた。
 医学の知識や日常の診察とは別次元の興味が湧いてきていたのだ。
 しかしそんな心の内を気づかれないようにエスプレッソを一口飲んで、「食後の1杯は最高だね」と頬を緩めた。
 それからもう一口飲んで、パスタの具材を話題にした。
 
「ナスやトマトって、いつ頃から食べられ始めたのかな?」

「さあ、どうかしら?」

 考子は首を傾げて、自分は植物の専門家ではないからそんなことはわからないわ、というような顔をした。

「ま、なんというか、その~、つまり、そうなんだよ」と訳の分からないことを口走ったあと、「いや~、最初に上陸してきた生物はナスやトマトの先祖かなって」と目配せをした。

 な~んだ、午前中の続きが聞きたかったのね、と感づいた考子だったが、そんな素振りを見せず、新の筋書きに乗ることにした。

「それなら私にもわかるわ。最初に上陸した生物はね、」

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