『46億年の記憶』  ~新編集版~
「そうか、俺たちの祖先が両生類だとすると、その祖先が魚類だから、その名残として胎芽の頃にエラがあるのか」

 新はまた遠くをみるような目をした。
 
「そうね。妊娠のごく初期の段階ではほとんどの生物が一緒の形をしているの。逆くの字のような格好で、エラのようなものがあって、尻尾のようなものがあるの。だからこの段階ではサカナもカメもニワトリもブタもウサギもヒトもほとんど見分けがつかないわ。すべての動物は単細胞の受精卵から発生するから、その初期の形が似るのは当然なんだけど、でもエラがあって手足がない魚のような形だったものが乳腺や耳介のない爬虫類のようになって、その後、尻尾がない頭でっかちの形になって、徐々に人間の形になっていくのだから、海で生まれた祖先、上陸した祖先を反復しているという考えが主流になっているのは当然よね。専門用語では『個体発生は系統発生を短縮してくりかえす』というのよ」

 すると新が〈よくわからないな〉というような顔をしたので、考子は平易な事例を探した。
 
「わかりやすく言うとね、そうね、カエルを例に取ればいいかも知れないわね。カエルって卵からいきなりカエルとして生まれるんじゃなくてオタマジャクシとして生まれるわよね。その時彼らは水中でエラ呼吸をして魚のように過ごすんだけど、1か月後に変態期を迎えて、2か月後には完全にカエルになっているの。そしてその時には肺呼吸をして陸上生活をし始めるの。普通に考えたら変態なんて面倒くさいことをしないで卵からすぐカエルになったらラクチンなのにって思うかもしれないけど、それができないのよ。何故なら遺伝子の中に系統発生上の制約、つまり両生類の先祖が辿った道筋が組み込まれているからなの。それを省略して卵からいきなりカエルにはなれないのよ」

 理解してくれたことを期待して考子は新の顔を覗き込んだが、新は「系統発生上の制約か~」とブツブツ言ったあと、顎と口を突き出し、手を折り曲げ、10本の指を開いて、「ゲコッ」と鳴いた。
 
 
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