名もない ひと青春

はじまりの雨

 ジリジリジリジリジリ…

はぁ まだ7月なのに 今日も視聴覚室もとい部室は蒸し暑い

「関根ぇー!はよぅ窓開けてーやぁー」

一緒に部室に来た櫻葉夏子(さくらば なつこ) 通称なーこは、大声で私に話しかける

「んー」

買ってきた午後ティーと部室の鍵 ドラムスティックが入ったバックを机に置き、すたすたと窓際に向かう、私 関根優奈(せきね ゆうな)は思いっきり窓を全開にして 空を見上げた

「やば なーこ、曇ってきてるし」

「うぇえ?!まじで?!最悪ー…今日ベース持って帰って新譜を頭に叩き込もうと思ってたのに」
「幸先悪すぎて笑えるねー まこも脱退しちゃったし、もう ラキュウは おしまいかもねー笑」

やめてくれ本当に と内心思いつつ なーこの愚痴を聞き流しながら 黙々と窓を開けて 楽器の準備を進めて行く

なーこはやや物事を極端に考える節がある

たかが空が曇っているから、たかがメインギター1人の脱退 なんならギターはもう1人いるんだ

別に部員は他にもいるし ラキュウに入りたいって希望を言ってきてくれている子もいるんだ

とあるアニメをきっかけに 軽音学部に憧れ 入部、必死で集めた初心者バンドメンバー バンド名を ラキュウ とつけ、下手くそながらも必死にやってきた1年間

ちょうど1年前 
この部室で自販機でジュースと17アイス買って 抱負を語りあったことが ふと 脳裏をよぎる

「…ね…せき…ね…関根……おい!ゆーなってば!」

「!」

びっくりした…久しぶりになーこに下の名前で呼ばれた
高校に入ってクラスが離れ、陽キャとつるむ なーこと 静かに過ごすことを好む私とは やや距離感ができ、苗字で呼ばれることが増えた
何やかんやそんな関係だけど、幼馴染、腐れ縁ということもあってか 
どこの部活に入る気もなかったなーこは 意外にも快く軽音部に入ってくれて 今ベース担当してくれて ここまで一緒にがんばっている

「委員会あってさー いづな と かえ は遅いから、とりあえずさ、Aメロまでちゃちゃっと先に合わせちゃおー」

物思いにふけってたら、いつの間にやら準備が終わっていて 自分でドラムセットに座っていた私

「ごめんごめん笑 ぼーとしてたねー おけぃじゃあ頭からねー」

スティックの音が響き渡り、ベースの鈍くて心地よい低音と ドラマのリズミカルな音色が弾けた

(ガラガラ)

扉が開く音がした

しばらくセッションを続けていると いづな と かえ が委員会の仕事を終えて 部室にやって来た

「遅くなってごめんよぉ!いい感じやん〜廊下まで聞こえてきてた!」

ボーカルの 岩橋伊繋(いわはし いづな) は なーこに負けず劣らずの大声でしゃべりつつ
きらきら笑顔炸裂で部室に入ってきた

「そうだよねぇ素敵❤️今度の夏のライブは気合いが入るねぇ」

リードギターの真坂加江(まさかり かえ)が 穏やかに美しい顔を覗かせつつ いづなの後ろから顔を覗かせた

「やばっ 後30分で部活終わりのじかんやん! 早く準備して!始めるよぉ!」

よし、ラキュウ セッションスタートだ

そう、この時はまだ 
1人メンバーがかけたラキュウだけど 
いつものラキュウだった

あいつが私の人生に大きな関わりを持つこともなく 
いつも通り演奏を続けてたんだ



しばらくセッションを続けると、部活終わりのチャイムが部室に響き渡った
それと同時に 部室の扉が開いた

「おーい ラキュウ 終わりだぞー」
どこか胡散臭そうで 不思議な雰囲気をまとう 部長の石上先輩(いしがみせんぱい)が部屋に入ってきた

「はーい」
いそいで楽器やあんぷを片付け始める

「あーしまった!!弁当箱 教室に忘れた!!」
なーこのベースのコードを巻いている時 気づいてしまった
弁当を教室に置き忘れてしまっていたのだ

その時
さっきまで遠目でこっちを見ていた石上先輩から声をかけられた

「おめークラス戻るの? 関根ちゃんってさー勇斗(ゆうと)と同じクラスだったよな?あいつの机の引き出ん中に置いてあるはずの 俺が貸した本 一緒に持ってきてくれへん?」

石上勇斗(いしがみ ゆうと)は石上先輩の弟で 私のクラスメイトだ
確かこの間までバスケ部入っていて この4月から軽音楽部に転部したって言ってたっけな…
パートはドラムだったはず 
何か男女混合のバンド組んでこの間、新入生歓迎会で演奏してた
結構注目されてたなぁそういえば それなりに上手かったはず

ただクラスでは一匹狼で 最近部活に入ってきたことでその存在を知ったレベルだった
まるで空気みたいな そんな存在
今までバスケ部入ってて、今はドラムをバコバコ叩いてて
そんなところ クラスの様子から見たら想像つかないレベルの存在

めんどくさいなぁと思いつつ、部長の指示だし、断れないし…仕方ない
「分かりましたー 石上君の机の中 見てみます!」
もう部屋から出ようとしてる石上先輩に向かって叫んだ

「関根ー 自転車置き場 先行ってるなぁ」
なーこが私に向かって言った

「了解!また後で!」
私は急いで 教室に続く階段を駆け上がった



「ひーきついきつい」
夏に階段を爆走はきつい!
やっとこさ、たどり着いた教室の扉を開くと

あれ‥誰だ…??

誰もいないはずの教室に 1人椅子に座ってWALKMANで音楽を聞いて?いるのか?
席に着いている男の人がいた

やば、あれ石上君じゃないか

非常に困った

自分の席に置きっぱなしにしていたお弁当箱を取り
まだ私の存在に気づいていない 石上君のことを遠目から眺める

んー…石上先輩から頼まれているしな
声をかけるか、なかった体にしてそのまま帰るか…

 がたん!!!

やばい!!!
考えながら彼の方向に近づいて行っていたから 左手を近くの机に 思い切りぶつけてしまった

「!」

思いっきり石上君がこちらを振り向いた

「いてててて…」
やっちゃったぁ…左小指が徐々に赤くなってくる
最悪だ 日頃から手はとっても大切にしてるのに
突き指っぽい感じかな じんじん痛む指を涙目でさする

「…何か、大丈夫…?」
きのこ頭で 目元まで髪がかかっているせいか 表情はよくわからない
けど、ちょっと低めの優しい声に悪い印象は感じなかった

こっちに声をかけてきた石上君は 椅子から立ち上がり私の前に立った

…大きいなぁ 180㎝くらいありそう
私もなかなか大きい方だが 圧倒的だった 見上げていた
さすが元バスケ部は伊達じゃない
こんな長い手足でドラム叩くのかぁ セットの中に体おさまるのかな笑

「…何?」
まじまじと見つめ過ぎていたのか 石上君が怪訝そうな顔をして 私の顔を覗き込んできた

びっくりして 少し後ろに下がりつつ 石上君に向かって
「ごめん!驚かせちゃったよね!私クラスメイトで軽音学部の関根優奈なんだけど、部長の石上先輩から何かお願いされて?貸してた本返して欲しいって!取りに行ってきてって言われて!あ!私が弁当箱忘れたからそのついでではあるんだけど!今その本って持ってる?ごめんね急に!!」
まくしたてるように、早口で喋ってしまった

少し驚いたような 不思議がってるような なんとも言えない表情でこちらを見つつ

「…竜太がそんなこと言ってたん?本って…あの本だよなぁ 関根さんに渡したらええん?」

竜太(りゅうた)は石上先輩の下の名前?なのか
石上君は自分の席に戻り引き出しから2冊の本を取り出した

「多分これだけど、これ…いいの??」

石上君から本を受け取る
…うぇえ?!?!なんだこれは?!?!?!
表紙には豊満な胸を剥き出しにした女の人が大きく映っていた
これはいわゆるエロ本ってやつじゃないか?!?!
最悪だ…

 ばざっ

思わず本を落としてしまった

「なんかごめん」
石上君は顔を背けつつこちらに謝ってきた

「ごめんというか、いや別に私は頼まれた本を預かるだけだから 別に大丈夫だけど?!」
全く余裕なさそうな声色で、落ちた本を拾う
左小指は痛いし もう最悪だよー

「いいよ 家帰ったら 竜太に俺渡すから」

石上君は困り顔の私を見て 申し訳なくなったのか本を預かろうとしてきた

その時だった

もう1冊の本に目がいった

「…ギター…?」

エロ本の下にあったから 初めは気づかなかったが
もう1冊はギターの教本だった

「あれ、石上君ってドラムだよね…?」
不思議そうに石上君を見つめた

石上君は ちょっと恥ずかしい まるで内緒を親に見つかった時の気まずそうな様子で 小さい声で答えた
「まあ興味あってさ ドラムはもうやめる予定やから」

「えぇえ?!?ドラムこの間始めたばっかだよね?もしかしてバンドのギターが辞めるから 急遽ギターすることになったとか??」
驚いた表情で私は尋ねた

「いや、そうゆう訳じゃなくて」

ん?どゆことだ

「んー…やめるんだ」

んんんん?

「今のバンドやめるんだ やめてギターとしてどこか違うバンドに入ろうかと」

まじかぁ
「そっかぁやめちゃうのか…色々あるもんね ギターこれから練習するんだね 頑張ってなぁ」
「この本 どっちも 私渡しとくからええよ!部長から頼まれてたから」
あの部長には 今度本気で仕返ししようと思いつつ 本を石上君に渡すことなく その場を後にしようとした私

思い切り背中のシャツの裾を引っ張られた

非常に驚いた

「!!どうしたん?」

石上君は変わらず 目元が隠れて よく分からない表情まま私に言ってきた


「ねぇ」


少しだけ 髪の隙間から目が見えた

切れ長の 鋭いけど どこか物静かな瞳が 真っ直ぐ私を見つめていた


「俺を…ラキュウに 入れてくれへんかな」


「ギタリストとして」


…シトシトと いつの間にか雨が降り出していた

呆然と立ち尽くす私と よく分からない表情の石上君

教室はどんどん蒸し暑い

2人しかいない教室で
何かが始まる そんな 気がした
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