叶わない想いだと思ったのに!

これが!運命の出会い?!

 「男しか愛せないんだよね…。」

 連日残業続きで、とうとうこの人はおかしくなったのだろうか?
 締切り間際の書類に埋もれていた私は、忙しく動かしていたキーボードの上の指を止めて顔を上げる。

 時計の針は夜8時40分を過ぎた所。
 秒針の音と、書類が擦れる音と、手元からのキーボードをタイピングする音だけが響く事務所にいるのは、私と上司である彼だけ。

 もしかして…独り言?
 聞いていないフリをしておくべきだろうか…。

 私は再び指を動かし、続きの文章を打ち込み始めた時
 「沙原さん、聞いてる?一応、相棒に人生相談をしてみてるんだけど?」
 「は?…人生相談にしては…難解すぎやしません?私、生物学的には女ですし。」
 「知ってる。でも、私たちの信頼関係を深める為には人生相談がいいんじゃないかと思ったから。」

 書類の山の向こうからこちらを見る目が本気だと悟る。

 私がこの会社に転職して1か月になる。
 業務内容的には、前職の経験を活かせているので、難しいと思うことは少ないが、人員不足が深刻なために、ただただ忙しい。

 そんな書類に埋もれた私たちを見て見ぬふりなのか…重役たちは定時で爽やか笑顔を振り撒いて帰って行った。
 あれから2時間半。
 やはり、疲れがピークに達しただけだろうか…。

 「何か飲み物を買ってきましょうか?」
 「いや、いい。」
 気分転換でもしましょうという私の提案を、彼は不貞腐れた顔で拒否した。

 上司とはいえ、8歳も年下の彼が子供っぽいのには、どうとも思わないが…。
 単純に面倒臭いなとは思ってしまう。

 「あ、今面倒臭いって思ったでしょ?」
 「はぁ〜。思いましたよ。それに、男しか愛せない?それが何だって言うんですか?相手が男だろうが女だろうが、愛せるんだから良いじゃないですか?私なんて人間を愛せる自信がありませんよ!」
 「え?沙原さんは妖怪か何かを愛してるの?」

 妖怪?
 妖怪か…。
 確かに最近読んだ天狗伝説を捩った物語の天狗の親分は格好良かったわ。

 「良いですね~。天狗とか、妖狐とか…ミステリアスですよね。愛せるかは知りませんが。」
 「…変わってるね。」
 「…湯浅さんには言われたくないです。」

 何なの?
 そんな人生相談なんてしてる暇があったら、さっさと終わらせて帰ろうよ。

 …あ。
 そういえば、夕方部長と何やら話し込んでいたわよね。
 もしかして…部長の差し金か?

 部長は元チャラ男だろ?って風貌の、いつも目が笑っていない男性だ。
 正直、課長の湯浅がゲイであることには予感があった。
 湯浅の話し方が…どことなく女性っぽいから。

 ゲイ確定かぁ。
 もしかしたら、バイセクシャルかもと思ったけど…。

 「なんでそんなに人間嫌いなの?」
 「まだ続きます?はぁー。」
 「いいじゃん。二人きりなんだし。」
 「言い方!…てか、私たちにこれ以上の信頼関係が必要ですか?」
 「えー。わかんなーい。ただ、部長がね~もっと仲良くなれって言うから。」

 やっぱり部長だったよ!
 何がしたいんだ?あの人は。

 「別に人間嫌いってわけじゃないですよ。ただ、恋愛感情が生まれないだけです。」
 「初恋もまだ?ってそんなわけないか。」
 「一応、結婚経験はありますから、昔は普通に誰かを好きになったりもありましたよ。でも、離婚がきっかけにはなったんでしょうね…。もう、恋愛はこりごりだな~って。」
 「酷い男だったんだ?」

 なぜ、目を輝かせる?
 女子か?

 「離婚はお互い様でしょうね。私も酷い女なんですよ。…もういいですか?」
 「えー!」
 「えーじゃない!湯浅さんはさっさと仕事を終わらせて、素敵な男性でも見つけて恋愛したら良いでしょう?」
 「それもそっか。」

 何なんだ?
 無駄な時間を費やしてしまった。
 今日は茶碗蒸しが食べたいな~って思っていたのに!
 コンビニに茶碗蒸しって売ってたっけ?
 スーパーのやつが食べたかった~!

 無意識にタイピングする指がスピードを上げる。
 私はさっさと帰りたいのだ。

 「沙原さん、機嫌悪い?」
 「悪くはありませんが、これ以上時間を無駄にしたくないとは思っています。」

 力なく笑う湯浅の声をスルーして、私は目の前の業務に集中することにした。
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