[短]好きで、それから、大好きで。


高野くんは何も言わずに立ち上がって、空いていた手をわたしの頬に寄せた。

触れはしないその手は顔を上向くように促している気がして、高野くんを見上げる。


「泣いたの、氷見さん」

「うん、泣いた」

「どうして?」


聞かずに帰すことも、聞かずに憶測を立てることもしない。

真っ直ぐに尋ねられて、わたしは素直に口に開く。


「寂しかった」


夏の終わりの寂寥感といえば、きっと世の中の大半の人に伝わる。

切なさ、ノスタルジー、侘しさ、それらは夏の終わりの風味のような、誰もが抱えるもので、言葉にすれば寄り添ってくれる人のいる、隠さなくていい感情のひとつだと思う。


寂しさの大半を、高野くんが占めていると伝えたら、笑うだろうか。

驚くだろうか、引いてしまうかな、嫌だと思われたら、どうしよう。


言葉を我慢したから、今こんなにも苦しいのに、また気持ちを飲み込もうとしてしまう。


ねえ、高野くん。

日が経てば、また以前のようにぎこちなさを取り払って話せると思うんだ。

高野くんの隣は楽しいって、嬉しいって、好きだって、いくつも重ねるのはしあわせだと思う。

もっと、この気持ちを育てるのだって、きっと楽しい。

< 9 / 12 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop