亡国王女の占い師は、情熱の地で若き覇王に甘く優しく溺愛される
占い師マキラは元王女
輝く太陽の下。
街のすみっこにある、小さいながらも二階建ての日干しレンガの家。
昼間だがカーテンで薄暗い部屋に、キャンドルが灯り、二人の女の影があった。
「マキラ先生……今日もお願いします」
「えぇ、今日もよろしくお願いします。まずは涙を拭いて、さぁ冷たいミント水を飲んで」
「はい……あの、今日は深刻な相談があるんです」
「大丈夫。ゆっくり話をしましょうね」
マキラと呼ばれた女性は、きれいな薄布のワンピースを着て、ベールを頭からかぶり、フェイスべールもして口元を隠している。
マキラの占いセッションが、これから始まるのだ。
どんな世界でも、恋愛の悩みは尽きることはない。
そしてこの世界に、国はたったの一つだけ存在する――。
世界統一国・シャバハーザ。
度重なる国同士の世界魔法戦争。
その戦いを勝ち続け、世界統一を果たしたのは若き覇王だ。
今まで国を治めていた国王や皇帝達は領主となり、国々は地域という呼び名に変わった。
灼熱の地域・エイードの首都は、暑く情熱的な街・ボワイージュ。
覇王の出身地であり、軍部である城と覇王の住む宮殿がある街だ。
砂漠に囲まれながらも豊かなオアシスがあり、沢山の人々が生活している。
スパイスの香りと丸いパンの焼ける匂いが大通りに流れ、活気ある露店が並び、弦楽器と太鼓の情熱的な音楽、つられて歌い踊る子供達の笑い声。
土埃の風が吹くなかでも、戦乱の世が終わったことで皆の笑顔が印象的だ。
だが世界統一されて平和が訪れても、日々働かなければ生きてはいけないのは同じだ。
「マキラ先生、彼と復縁することはできるでしょうか?」
ハンカチで涙を拭くのは、パレオ姿で褐色肌の若い女。
顔は歪んで、辛そうだ。
「貴女が彼と別れた理由を忘れたの……? 酷い暴言に暴力、やっと逃げられたのに復縁を望むの?」
「でも、やっぱり彼がいないと私はダメなんです! マキラ先生、どうしたらよいのか未来を私に教えてください!!」
水晶玉に手をかざしながら、マキラは泣く女へ優しく語りかける。
悲しく絶望の空気が、少しずつ温かみを帯びていくようだ。
「貴女は彼がいなくても大丈夫。今はまだ心が慣れていないだけよ。ねぇ、機織り物のコンクールが開催されるの知ってる?」
「え? 機織り物コンクール? 知りませんでした」
女が反応したことを、マキラは見逃さない。
「貴女の機織り物の技術は素晴らしいわ。優勝すれば覇王様からの褒美があるらしいの。謁見もできるってよ。集中して挑めばいいわ」
「覇王様からのご褒美!? え、謁見まで!?」
「そうよ。貴女は、覇王の大ファンでしょ?」
覇王は、世界平和の象徴であり神の力を得た男と言われている。
彼を神として崇める人までいる今――。
一般庶民が謁見できるなど、夢のまた夢だ。
「大ファンどころか信者ですから!! わぁー覇王様に会えるかも!? 覇王様の生誕祭では、パレードがあるけど、遠すぎていつもお顔は見えないし……えぇーそんなコンクールがあったなんて!!」
女の涙が引いて瞳が輝きだしたのも、マキラは見逃さなかった。
「私はパレードは見た事ないけど、ものすごいお祭りだものね。ねぇ? コンクール挑む気になってきたでしょ?」
マキラは他にも、コンクールに出た場合にどんなポジティブな良いことがあるかを彼女にゆっくりと伝える。
それは枯れかけた彼女の花に、水を注いでいるようにも見えた。
「先生……私は、コンクールでの優勝はできますか……?」
「脇目も振らず、一心に取り組むのよ! 貴女の実力ならばきっとできるわ!!」
「やってみます!! それじゃあ糸を選びに行かなきゃ!! じゃあこれ、お代です! いつもありがとうございます!」
「えぇ。頑張って」
泣いていた女は、パッと表情を明るく変えて、天幕のかかった部屋から出て行った。
マキラは、ふうっとフェイスベールを外して頭を覆うベールもとった。
美しい薄紫のロングヘア。
長いまつげに、ぱっちりとした猫のような瞳は淡桃色だ。
整った唇で、グラスの水を飲む。
「依存って、依存先を変えるだけで案外すぐに吹っ切れたりするのよね……あんなバカな暴力男なんて、一生懸命に布を織ってたらすぐ忘れるわ」
彼女がズタボロになって、マキラの元へ来た時……絶対に助けると誓った。
それから数ヶ月かけてようやく別れたとホッとしたのに、復縁したいだなんて……。
呆れる気持ちも少しはあったが、彼女にはまだ自分を支えてくれるものがあった。
きっと彼女は大丈夫、そう思ってマキラは水を飲み終え微笑んだ。
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