亡国王女の占い師は、情熱の地で若き覇王に甘く優しく溺愛される

覇王生誕祭


「ハルドゥーン将軍様……!? 顔を上げてください!」

 ハルドゥーンは訪ねてきて、全ての申し出の撤回と謝罪をしたいと扉の前で言ったのだ。
 マキラが仕方なく部屋へ通すと、突然に土下座をしたのであった。

「この通り、どうかこのハルドゥーンの謝罪を受け入れていただきたく馳せ参じ申した!!」

 心臓が飛び出しそうなほどに、驚いて焦ったのはマキラの方だ。
 まさか虎将軍が、土下座をするなどと!!

「大変に申し訳ないことをした。今後一切は貴女の行動を制限することなどはない。許してほしい」

「や、やめてください! わかってくださったならいいのです! そんなことをする必要はありません! 将軍も間に挟まれて大変だったって、わかっておりますから」

 巨大な岩のように背中を丸めて土下座をするハルドゥーンを、立ち上がらせようと、マキラは肩を揺さぶった。

「マキラ様……」

「さぁ、立ち上がってください。わざわざお出でくださって、ありがとうございます。色々とお忙しい時ですよね。強制的に召喚されることがなくなって、今後も此処にいることができるだけで安心しましたわ。だから、ね? ほら立ち上がって」

「はい」

 二人で一緒に立ち上がる。
 マキラの微笑みに、ハルドゥーンは一瞬見とれたように見つめてハッと我に返った。

「それでは大変な無礼を続けた事を、改めて詫びに参ります」

 ハルドゥーンは、詫びとして金一封の他にも、薬草やら宝石や人気店の菓子やらを持ってきていた。
 
「こんなにも謝罪していただいたのですから、もう大丈夫です。お金なんかは受け取れません! お持ち帰りくださいね! 此処は女性専門の占いですので、男性のお客様があまり出入りして噂になると困りますし……」

「む、確かに……私のようなむさくるしい男が出入りしていると見られては困りますな」

「むさくるしいなんて! あの、本当に安心しました。……お尋ねしますが、どなたか……に何か言われたとか、そういったことは、ありましたか?」

「……いえ。姫様の心変わりでございます」

「本当に?」

「はい。私のような武人にはわかりえぬ、貴婦人の心変わりというものがあるようで……」

 生誕祭を前に、婚約者同士で何かいざこざがあったのだろうか?
 先読みなどしなくても、ハルドゥーンの心痛は痛いほど伝わってくる。

「土下座も強要では、ありませんよね……?」

 まさか覇王や帝国の姫に命令されたのでは? と思ってしまう。

「とんでもございません! これは私が一晩考えた謝罪方法です。軍人は誰かに言われて、膝を折ることなどございません。若い女性を恐怖に晒した罪滅ぼしです」

 とことん不器用な武将のようだ。
 土下座で更にマキラは恐怖と焦りを感じたのだが、それは言わなかった。

「わ、わかりました。将軍の心からの謝罪、しっかりと受け止めました。ありがとうございました」

「マキラ様の、寛大なはからいに感謝致します」

「私はただの平民ですから様なんて不要です! あ……あの、これは覇王様への誕生日祝いのお花なんです。祝いの花台に届けてくださいませんか?」

 昼間に買ってあった花束を、マキナはハルドゥーンにわたす。
 せっかくなので、豪華なアレンジメントをした花束にしたのだ。

「必ず」

 ハルドゥーンが抱えると、小さな花束に見えてしまう。
 だが、彼は優しく微笑んだ。
 マキラも彼の微笑みを見て、やっと安心できたと思った。

「ありがとうございます」

 見送って、ホッと一息。
 椅子に座り込んでしまった。

 マキラは、シィーンの名を出して聞くことはしなかった。
 
 本当に姫の心変わりかは、疑わしい。
 でもそれ以上の事は、当然わからない。
 あの城で、宮殿で何が起きているのかなんて考えても仕方がない。
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