亡国王女の占い師は、情熱の地で若き覇王に甘く優しく溺愛される

「この世界の覇王様なんだもの……どこ行ったって覇王様の影はあるわ。ないとこなんか、ないわよね……」

 彼の絵がないだけ、マシなのかもしれない。

 綺麗な内装で、しっかり施錠された女性専用の宿屋。
 そこで久しぶりに、全ての装備を脱いで湯浴みもできた。
 一息はつけたが、心は何も晴れない。

 宿で買った瓶のお酒。
 グラスに注いで飲んだ。

「……味……しないな……美味しいはずなのに……美味しくない……」
 
 逃げるのは嫌い……なのにまた、逃げている。
 そしてお酒にも逃げている。
 だけど、今は心を逃さなきゃ、明日を上手に生きられない。
 これで少しは眠れるはず……。

 シィーンが、覇王ガザルシィーンだった……。

 運命のような出逢いをした、最愛の人が……世界を動かした覇王だった。
 衝撃的すぎる事実だった。

「お金持ちで家が豪華絢爛に決まってる……覇王様なんだから……仔虎を飼ってるのだって普通よね……覇王様なんだから……強いのだって……覇王様なんだから……素手でだって狼男を倒せちゃうわよね」

 味がしなくても、グビグビと酒を飲み込んで、涙が溢れてくる。

「なんで覇王様が、あんな河原にいたのよ! 世界各国の美女だっていくらでも手に入れ放題なのに……なんで、なんで……なんで私なんかに……私なんか……に……」

 近づかないで欲しかった。
 愛さないで欲しかった。

 あの姫にどれだけ口汚く罵られても、マキラにはシィーンの愛が本物だとわかっている。
 遊びで、遊女として傍において、からかっていたわけではない。
 それがわかっている。

 あの愛は本物。

 だからこそ……胸が痛くて痛くて仕方ない。

 心に渦巻く、亡国の王女としての自分が、愛を受け取ってはいけないと泣いている。
 
 彼はこれからも世界を守っていく覇王。
 自分はそれより前に滅びた国の王女。

 覇王という存在は、世界を平和に導いてくれた象徴だ。
 彼がいなければ、今も帝国に命を狙われていただろう。

 感謝している……。

 でも……今の世界平和の影で、沢山の血の亡霊が渦巻いている。
 そこに死んだ母も、自国民もいて、マキラの心の半分は、まだ戦乱の世にいるのだ……。

 帝国が憎い、憎くて、堪らない。
 そんな帝国も、もうただの領地だ。

 国は滅び、もうあの地を復興することもできない。
 
 覇王が……もう少し……早く……私達を助けてくれたら……。

 世界平和をもっと早くに実現してくれていたら……
 そんなのは、ただの逆恨みの八つ当たりだ。
 でも、彼の存在を感じるたびに、そんな恨み言と自分の運命を呪う気持ちが、黒くにじみ出てくる。

 自分だって、素直に清らかに覇王を尊敬したかった。
 でも強くもなくて、惨めな敗戦国の王女は……綺麗な心だけで生き残るのは無理だったのだ。 

「……他国が滅んでいったなかで、自分の国は滅んじゃってるのに……世界統一を実現したなんて、世界平和なんてよく言えるわ……って、私は思っていたんだ……私の心は……ずっと平和なんかじゃなかったんだもの……戦争が終わっても……ずっとずっと……」
  
 世界平和は、覇王は宣言してはいない。
 言っているのは国民達だ。
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