人形にされた伯爵令嬢~婚約破棄された落ちこぼれ魔術師は時を越えて幸せを掴む~
「だから、再び失わないように連れて来てしまった、というわけなんです。申し訳ありません」

 お涙頂戴を演技しながらも、言葉の端々に「大事なんだから買い取るとか戯言をぬかすんじゃねぇよ」という幻聴が聞こえるようで、少しだけいたたまれない気持ちになった。

 けれど幸いにも、ブリットには聞こえていないようだった。説得力抜群の言葉に頷き、私を見て「良かったわね」とハンカチに目を当てていたのだ。

 大人たち相手に仕事をする、ユベールなりの処世術なのだろう。私はその才能に驚きを隠せなかった。勿論、懸命に人形を装いながら。

「そんな事情があったなんてね。英雄も、ユベールくんと同じようにお裁縫が得意だったのかしら」
「さぁ、父からは何も……」
「大丈夫よ。ちょっと興味本位で聞いたことだったから」

 そういえば、私も知らない。ヴィクトル様の趣味を……。

「はい、次の注文と材料。あと、これ何だけど……ユベールくん、引き受ける? 嫌ならウチの仕事で忙しいからって言っておくけど」
「……いえ、僕もそろそろ精算したいところだったので、構いません。ラシンナ商会の後ろ盾がなくなっても、ブリットさんたちから仕事をもらえるので」
「一応、何かあったら口添えはしてあげるから、後腐れがないようにね」
「はい」

 ラシンナ商会? 精算? 後腐れ?

 二人が何を言っているのか、分からなかった。が、その一時間後。私は嫌でも思い知ることになる。ユベールが精算したい、といった理由が……。
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