人形にされた伯爵令嬢~婚約破棄された落ちこぼれ魔術師は時を越えて幸せを掴む~
 つまり、これはヴィクトル様への牽制ではなく、私への当て付けだ。

「ごめんなさい」
「……これからは僕だけを見て。お祖父様を思い出す度に、傷つく顔を見たくないんだ」
「うん。それに、新しい土地に行ったら、思い出している暇もないと思うから、大丈夫」
「僕も気をつけるよ。仕事のことで、もうリゼットを蔑ろにしないって」

 あっ、もしかして、あの時のことを気にしているのかな。ラシンナ商会から帰った日。火事になる前、声をかけたのに無視されたことを。

「そうしてもらえると嬉しいわ。結構、ショックだったから」
「えっ! ごめん! もうしないから許して!」
「それじゃ、さっきのも謝って。ファーストキスがあんなのって、ないと思うの」
「ごめん、なさい」

 私も言い過ぎたかな、と思っていたけれど、ユベールの表情はさらに酷かった。まるでこの世の終わり、かのような表情。

 だから私は、ユベールに近づき、さらに腕を伸ばした。首に抱きついて顔を引き寄せる。そしてユベールが驚いている隙に、唇を重ねた。

「私こそ。今はこれで許して。なるべく早く、ヴィクトル様のことを忘れるようにするから」
「……別に、これで仲直りしてくれるんだったら、構わないよ」
「ユベール?」
「何でもない!」

 上手く聞き取れなかったから尋ねただけなのに、ユベールは踵を返して走っていってしまった。
 積もった雪の上は危ないというのに……。

「ヴィクトル様。私は今、このような感じですが、幸せです。なので、安心してください。それでは、ユベールが行ってしまったので、私も」

 また来ます、とは言えなかった。すると、空から雪が降って来た。まるで、早く行きなさい、と言われているかのように、感じた。
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