雨の物語 ザ レイニーズストーリー
 「次は市役所前。 お降りの方はお知らせください。」 最近は女性の運転手も増えてきたらしくていいもんだねえ。
ぼくは椅子に座って窓の外を眺めている。 順子は?というと、、、。
後ろの席で落ち着かない様子。 でもなんか疲れてたからぼくはそのまま寝てしまった。
 20分ほど経った頃、「起きなくていいの? 瓦台町だよ。」って順子の声が聞こえた。
モソモソと顔を上げてみると確かにそうだ。 ぼくは慌ててボタンを押した。
でもなぜか鳴らない。 不思議に思っていると、、、。
「私も降りるから押したよ。」って順子が、、、。

 そんなわけでぼくらは瓦台町のバス停でバスを降りたんだ。 ここからは二人とも同じような道を歩くのみ。
途中でv字の分かれ道をぼくは左に、順子は右に行くんだ。
この辺りには古い神社が在ってね、じいちゃんたちには「いいか。 ここに来たら絶対に失礼の無いようにするんだぞ。」って喧しく言われたもんだ。
 だからさ、ここでぼくらが別れる時にも「明日も元気で会おうね。」って手を振ることにしている。
泥んこになって遊んだ後でもそうだったよ。 安全に遊べるのは神様のおかげだってばあちゃんたちにもうるさいくらいに言われてきたから。
 それでも外から来た人たちには何のことやら分からないらしい。
3年くらい前、引っ越して間もなかったおじさんがここでトラックに跳ね飛ばされて死んだんだ。
 噂で聞こえてきたのは神社に入り込んで猫を虐めていたらしいってことだった。
おじさんが死んだ後、神主さんが神社を調べたら猫の死体が何体も出てきたんだって。 それでさ、見える所に猫の供養塔が建てられたんだ。

 今日ものんびりとこの道を歩いていく。 道の両側は田んぼが広がっている。
まだまだ田植えの時期じゃないから水も入ってないし草刈もされてない。 そんな田んぼを両脇に見ながら歩いていく。
 順子はさっきから物思いにでも耽っているのだろう。 真っ直ぐに前を向いたまま。
5分ほど歩いてv字の分かれ道に来た。 「明日も元気に会おうね。」
「そうだね。 また話そうね。」 ぼくらは手を振って互いの道に入っていった。
 高校に入学したばかり。 これまでは時々買い物なんかで見掛けていた女の子と同じクラスになったんだ。
なんかぼくはとんでもない宝物を手に入れたような気がしていた。
 v字で別れて細い道を歩いていく。 神社の後ろは雑木林になっているらしい。
「あそこには入るんじゃないぞ。」 じいちゃんたちがいつもそう言っていた。
 なんでも、ずっと昔に入り込んだ人が居て、その人は行方不明になってしまったんだそうだ。
俗にいう神隠し伝説だね。 ぼくはそう思っている。
 雑木林を抜けると住宅街が広がっている。 グルリと回れば順子の家にも行けるらしい。
まだ行ったことは無いけどね。
 家に帰ってくると玄関の鍵を開けて中に入る。 父さんたちはまだ仕事中。
入学式だって言うのに母さんも仕事を休めなかったんだ。 台所に行くとおにぎりが四つ置いてあった。
それを持って自分の部屋に入る。 テレビを点けても面白い番組は無さそう。
 ぼくは床に体を投げ出した。
ぼんやりと天井を見上げている。 父さんが子供の頃から住んでいた古い家だ。
 ぼくの部屋は二階に在って広さは四畳半ほど、、、。 押し入れの下段には子供の頃に遊んでいた玩具が押し込んである。
そうそう、ロボットとか飛行機とかいろいろと買ってもらったんだよね。 一つ出してみるか。
 押し入れの奥に眠っていたロボットを引っ張り出してみた。 何年ぶりだろうねえ?
でかいんだよ これ。 合体したり変形したりするんだけどよく遊んだよねえ。
 でもなんか、しばらく見てたら飽きちゃって、、、。

 兄弟は居ないのか? 居ないんだよなあ 欲しいとは思ったけど。
そうそう、ぼくは一人っ子なんだ。 もう慣れちゃってて寂しいと思ったことは無い。
 友達にはね、兄ちゃんが居たり妹が居たりで羨ましいなって思ったことも有るよ。 でも、、、。
 ぼんやりと窓の外を眺めてみる。 同じような家が並んでいる。
この辺りは小さな宿場町だった。 大きな通りが有ったわけじゃないけど。
 それでも大正時代まではなかなか賑わってたんだって。 戦争が終わってからはどっか寂しい町になっちまったらしいけど。
電話が掛かってきた。 でも電話に出ることは無い。
父さんから「昼間の電話は出なくていい。 ろくなのは掛かってこないから。」って言われてるから。
なんでも廃品回収だとか押し売りだとかってのが掛けてくるらしい。
そういえば近くのばあちゃんが押し売りに騙されて何十万も払わされたって聞いたことが有る。 警察も動いてるけど犯人はまだ捕まっていない。
 電話は切れた。 それにしてはずいぶんと長くなってたな。
用事が有るなら来たほうが速いんだよなあ。 電話したって居るとは限らないんだから。
 さて4時を過ぎました。 テレビも面白くないし遊びに行こうかな。
順子ちゃんが住んでる町との境に小さな公園が在る。 よく遊んだ公園だ。
 フラリト行ってみる。 そしたらブランコに順子が揺られていた。
「やあ。」 「遊びに来たの?」
「そうだよ。 家に居たって暇だから。」 「同じなんだね。」
「順子ちゃんも?」 「うん。 お父さんたちは仕事だしお姉ちゃんは遠くに行っちゃったし、、、。」
 そう、順子には彩音っていう姉貴が居る。 でも22歳で大卒らしい。
仕事が決まったからって東京に行ってしまったとか。 東京で何をしてるんだろう?
 ぼくもぼんやりとブランコに揺られている。 風が気持ちいい。
まだまだ肌寒いけどね。

 順子もぼくもただ黙ってブランコに揺られ続けている。 他に遊んでいる子供は居ない。
ずいぶんと子供が減ってしまったんだなあ。 小学生の時にはあれだけ居たのに。
 みんなでサッカーをやったり追いかけっこしたりして賑やかだった。
『キャプテン翼』が大人気だったからね。 楽しかったなあ。
 時々はさ、ボールが公園から飛び出してみんなで探し回ったりしたっけ。
でもさ、この公演も一度は潰されそうになったんだよ。 土管なんかも置いてあったから危ないって。
聞いてみたらそこに不審者が居付いてたんだってさ。 役場は潰そうと必死だった。
 でも父さんたちは集まって公園を守ってくれたんだ。 「土管をどっかに移せばいいでしょう?」ってね。
それで今でもこうしてのんびり遊んでいられるわけ。 あ、カラスとヒバリが喧嘩してる。
「すごいきれいな空だねえ。」 「ほんとだ。 吸い込まれそうだね。」
「あの上を宇宙ステーションが飛んでるのね?」 「そうだね。 すごいよね。」
 バイクが通り過ぎて行った。 そして5時のチャイムが鳴った。
「さて帰るかな。」 「そうね。 お母さんも帰ってくるころだし、、、。」
 そんなわけで再びぼくらは別れて家に帰ってきた。 郵便物が放り込んである。
(何だろう?)と思って拾って見たらスーパーのチラシだった。
 明日はオリエンテーリング。 何をやるのかなあ?
でもまだまだ高校生活は始まったばかり。 どんな勉強をするんだろう?
部活はどうなるのかな? 教科書だってまだまだだし、、、。
誰もが不通に考えることを考えながら居間でジュースを飲んでいる。 母さんたちはまだまだ帰ってこない。
いつも帰ってくるのは7時ごろ。 それまではぼく一人。
幼稚園の頃からそうだったよ。 でもさ、寂しいなんて言えない。
帰ってきた父さんはいつもぼくと遊んでくれてたから。
< 6 / 7 >

この作品をシェア

pagetop