引きこもり令嬢が完全無欠の氷の王太子に愛されるただひとつの花となるまでの、その顛末

1.引きこもり令嬢への打診

「つまり、わたしに王太子妃になれと?」

 リリアーナが尋ねると、王宮からの使者は跪いたまま神妙な顔で頷いた。
「はい。恐れながらそのように申し上げております」

 話をまとめると、こうだ。
 内々に王太子妃に決まっていた侯爵令嬢が駆け落ちして出奔した。彼女はもう、海の向こうの遠い国にいるらしい。このような醜聞を表に出すわけにもいかないため早急に王太子妃を探さねばなるまいが、適齢期の令嬢はもう皆決まった婚約者がいるか既に結婚している。

 そこで声がかかったのがリリアーナだったというわけだ。
 確かに年齢は今年二十一歳で、王太子であるシルヴィオより二つ年下だ。未婚で婚約者もいない。至極順調に行き遅れになりつつある身だけれど、一応彼女と同じ侯爵令嬢でもある。王太子妃にするには申し分ないだろう。

 ただ一点。
 引きこもりであることを除いては。

 同席した父と母が心配そうな顔でこちらを見ている。いつも両親には迷惑をかけてばかりだ。

「わたしには無理です……」

 リリアーナはもうここ四年まともに夜会には出ていない。大して代わり映えもしない灰色の毎日を過ごしている。家は去年妹が婿を迎えて継いでくれた。リリアーナはただのお荷物だ。

 どう考えても王太子妃が務まるとは思えなかった。

「殿下は、婚姻さえして頂ければ後のことは万事自由にしていいと仰せです」
 自由とは何だろう。この家の代わりに王宮に引きこもって暮らすことが果たして許されるのだろうか。

「リリィ」
 父の穏やかな声に名を呼ばれた。親しい人は皆、リリアーナのことをそう呼ぶ。

「お父様」
 俯いた顔を上げたら眼鏡がずれた。両手でそれを直して父の方を見つめる。

「お断りするにしても、一度王太子殿下に直接お会いしなくてはならないね」
「それは、そうですね……」

 家からすれば破格と言っていい申し出を断るのだ。こちらも出向くぐらいのことはしなければならないだろう。

「わかりました。王宮に伺います」
 リリアーナの言葉に目に見えて使者が安堵したのがわかった。

 そう答えてしまったのは、少しだけ興味があったからだ。
 氷の王太子、シルヴィオ。

 美しいという言葉がこれほど似合う男もいないと人は言う。どんな傾国の美女も、彼の前では霞んでしまう美男子との噂だった。

 随分前だが夜会で姿を見かけたことはある。さらりとした癖のない銀髪に海のような青い目。遠目から見てもシルヴィオの周りだけが切り取られたかのように輝いていたのを覚えている。

 会ってみたかった。あの瞳に映ることを許されるのならば、それはどれほどの幸福だろうと心躍った。
 同時に自分にもまだそんな感情が残っていることに驚いた。

 引きこもりだけれど。引きこもりなのに。
 それでも普通の少女のように、リリアーナはシルヴィオに憧れていたのだった。
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