引きこもり令嬢が完全無欠の氷の王太子に愛されるただひとつの花となるまでの、その顛末
10.迷惑ではない
「君さえよければ次の王宮での夜会に一緒に出て欲しいのだが、どうだろう」
つまりはシルヴィオの婚約者として夜会に出るということである。
「は、はい?」
氷の王太子はこんな時まで顔色が変わらないのだなと思った。いつもと変わらぬ涼しげな顔立ち。まるで明日の会議の内容でも尋ねるような、平坦な口調だった。
毎回屋敷を出る前には「断ろう」、そう思うのだ。それなのに、なんとなくずるずると会うのを続けてしまっていたのだからそう言われてもしょうがない。
理由もなく会えるほど、シルヴィオは暇人ではない。これは王太子妃を見つけるというれっきとした彼の責務の一つでしかない。
だから今日こそは、断らねばならない。
「わたし、夜会が苦手で……ほとんど出たことがなくて」
「そうか」
「ご迷惑をお掛けしてしまうと思うんです」
やっと言えた。そう思ったのに、シルヴィオの青い目は真っ直ぐにこちらを捉えていた。
「迷惑ではない」
この瞳はいつも突き刺さるようにリリアーナを見つめてくる。
「苦手なことがあるのなら、それについて対策を考えればいい」
返されたのは実に建設的な提案だった。
「私にできることなら協力はする。一体何が苦手なんだ?」
こうやって大臣達とも議論しているのだなとわかる明瞭な回答。彼は、正しい。
「……ダンスが、踊れなくて」
嘘ではないが本当ということもない。真実の二周外ぐらいにある結論。
実際リリアーナはダンスがあまり巧くはない。そして、ろくに男の人と踊ったこともない。
「分かった。それならダンスについて対策をしよう。君も久しぶりの夜会は緊張するだろうから、今回は練習だと思って出ればいい」
婚約発表はその次でいいとシルヴィオは言った。
練習。
そんな風に気楽に思えはしなかったけれど、それなら夜会が終わった後でもまだ断れる。きっと何も満足にできないから、そうすればシルヴィオも納得してくれるだろう。そう思った。
そうしてダンスの練習をすることになり、窓の大きな広い部屋に通された。
「まずはステップの復習からでいいか?」
すらりとした長身がリリアーナの前に立った。日頃座っていることが多いので忘れがちだが、改めてこうして向かい合うと彼は背が高い。
いや、これはどういうことだろう。
「え、あ、はい?」
この国で一番ダンスを踊りたい相手で有名な人が、自分に手を差し出しているというこの事実。
「私が相手では、問題があるか?」
「い、いえ」
ぷるぷるとリリアーナは首を横に振った。口が裂けてもそんなことは言えない。
「てっきり教師の方か誰かが教えて下さるのかと……」
まさか王太子自らが練習相手をしてくれるだなんて誰も夢にも思わない。
「それでもいいが、ダンスなら私でも踊れないことはない。協力すると言ったのに人に任せてばかりもいられないからな」
昔シルヴィオがどこかの国の王女と踊るダンスを、リリアーナは大広間の隅から眺めていたことがある。王女の熱っぽい視線を歯牙にもかけず、彼は華麗な足さばきを披露していた。そこにいた令嬢の誰もが、シルヴィオの虜だった。
「きっと上手にできないので」
「できないから、練習するのだろう? それだけのことだ」
「それは、そうですね……」
そうやってまた何も言えなくなった。差し出された手に己の手を重ねたら、腰に手が添えられた。流れるようにするりと、ダンスが始まる。
つまりはシルヴィオの婚約者として夜会に出るということである。
「は、はい?」
氷の王太子はこんな時まで顔色が変わらないのだなと思った。いつもと変わらぬ涼しげな顔立ち。まるで明日の会議の内容でも尋ねるような、平坦な口調だった。
毎回屋敷を出る前には「断ろう」、そう思うのだ。それなのに、なんとなくずるずると会うのを続けてしまっていたのだからそう言われてもしょうがない。
理由もなく会えるほど、シルヴィオは暇人ではない。これは王太子妃を見つけるというれっきとした彼の責務の一つでしかない。
だから今日こそは、断らねばならない。
「わたし、夜会が苦手で……ほとんど出たことがなくて」
「そうか」
「ご迷惑をお掛けしてしまうと思うんです」
やっと言えた。そう思ったのに、シルヴィオの青い目は真っ直ぐにこちらを捉えていた。
「迷惑ではない」
この瞳はいつも突き刺さるようにリリアーナを見つめてくる。
「苦手なことがあるのなら、それについて対策を考えればいい」
返されたのは実に建設的な提案だった。
「私にできることなら協力はする。一体何が苦手なんだ?」
こうやって大臣達とも議論しているのだなとわかる明瞭な回答。彼は、正しい。
「……ダンスが、踊れなくて」
嘘ではないが本当ということもない。真実の二周外ぐらいにある結論。
実際リリアーナはダンスがあまり巧くはない。そして、ろくに男の人と踊ったこともない。
「分かった。それならダンスについて対策をしよう。君も久しぶりの夜会は緊張するだろうから、今回は練習だと思って出ればいい」
婚約発表はその次でいいとシルヴィオは言った。
練習。
そんな風に気楽に思えはしなかったけれど、それなら夜会が終わった後でもまだ断れる。きっと何も満足にできないから、そうすればシルヴィオも納得してくれるだろう。そう思った。
そうしてダンスの練習をすることになり、窓の大きな広い部屋に通された。
「まずはステップの復習からでいいか?」
すらりとした長身がリリアーナの前に立った。日頃座っていることが多いので忘れがちだが、改めてこうして向かい合うと彼は背が高い。
いや、これはどういうことだろう。
「え、あ、はい?」
この国で一番ダンスを踊りたい相手で有名な人が、自分に手を差し出しているというこの事実。
「私が相手では、問題があるか?」
「い、いえ」
ぷるぷるとリリアーナは首を横に振った。口が裂けてもそんなことは言えない。
「てっきり教師の方か誰かが教えて下さるのかと……」
まさか王太子自らが練習相手をしてくれるだなんて誰も夢にも思わない。
「それでもいいが、ダンスなら私でも踊れないことはない。協力すると言ったのに人に任せてばかりもいられないからな」
昔シルヴィオがどこかの国の王女と踊るダンスを、リリアーナは大広間の隅から眺めていたことがある。王女の熱っぽい視線を歯牙にもかけず、彼は華麗な足さばきを披露していた。そこにいた令嬢の誰もが、シルヴィオの虜だった。
「きっと上手にできないので」
「できないから、練習するのだろう? それだけのことだ」
「それは、そうですね……」
そうやってまた何も言えなくなった。差し出された手に己の手を重ねたら、腰に手が添えられた。流れるようにするりと、ダンスが始まる。