引きこもり令嬢が完全無欠の氷の王太子に愛されるただひとつの花となるまでの、その顛末

11.特別なダンス

 本当は、こんな風に誰かとダンスを踊ってみたかった。
 けれどそんな日は、ずっと来ないのだと思っていた。

 くるりとターンを回る度に銀色の髪が舞う。しなやかな腕がリードしてくれる。
 この時間が永遠に続けばいいと思った。

 あの王女の気持ちが、少しわかった。ああなってしまうのも無理はない。夜会もダンスも一生好きにはなれないと分かっているけど、それでもシルヴィオとダンスを踊るのは楽しかった。

 最後に彼がお手本のような美しい礼をしてその手が離れる時、無性に切なくなった。

「そこまで気にするほどではないと思うが」
「それは、殿下がお上手だからです」
 記憶にある限り、リリアーナはこんなにちゃんと踊れたことなどない。

「私も特段上手いということはない。ただ人より少し踊る機会が多かっただけだ」
「そんなことは、ないのでは?」
「ある。私よりジェラルドの方が上手い」
「ジェラルド……?」

 さて誰だっただろうと首を傾げたところで、
「ロジータが連れていた背の高い騎士がいただろう?」
彼のことなら覚えている。困ったような顔で笑う人。

「妹がデビュタントの時、練習相手を私がしていたんだが最終的にロジータに断られてな。あいつの方がいいと言われた」

 シルヴィオが窓の向こうに目をやる。もっと遠くのもの、とても眩しいものでも眺める様に、彼はすっとその青い目を眇めた。

 ロジータの煌びやかな金髪が脳裏に蘇る。

「それは多分、少し違うんじゃないでしょうか」

 そして、彼女をずっと見守っていたあの穏やかな目も。
 リリアーナはロジータの多くを知るわけではないけれど、それでもわかる。

「好きな人と踊るダンスは、きっと特別なものです」

 自分と結びついた人と踊るダンスはきっと特別で、他と比べられるものではない。
 上手いとか下手とか、そんなことは関係ないのだ。
 世界にきっと、その人しかいないようなそんな心地になるだろう。

「そういうもの、かもしれないな」

 そう言って、シルヴィオが珍しく眉を下げて苦笑した。
 リリアーナは思わず息を呑んだ。

 こんな顔をする人だとは知らなかった。これは完全無欠とは遠いところにあるものかもしれないけれど、それでも目が離せなかった。

「リリアーナ」
 呼ばれた己の名前に、はっと我に返る。

「私の顔がどうかしたのか?」
 長い指が頬に当てられる。ひやりとした感触が気持ちいい。

 そうして気づく。この手が冷たいのではない。自分の頬が熱いのだ。
 きっと真っ赤になっている。慌てて隠すように両手で顔を押さえて俯いた。

「どこか具合でも悪いのか?」
「大丈夫です!」
「この前はそう言って、全く大丈夫ではなかったがな」

 眼鏡が割れた時の話をしているのだろう。このままだとシルヴィオは侍医でも呼びそうな勢いである。
 けれどなんて説明をしたらいいのだろう。あなたに見惚れていましただなんて。

「今日は、本当に、大丈夫です……」

 俯いたまま精一杯の主張をしたら、頭の上で彼がまた笑う気配がした。
「ならいい」

 置かれた手は踊って少し乱れた髪を撫でる。まるで小さな子供にするような仕草。ロジータの髪もこんな風に撫でていたのかもしれない。彼にとってはきっと、大したことではないのだろう。

 それでもしばらく、リリアーナは顔を上げられなかった。
< 11 / 21 >

この作品をシェア

pagetop