引きこもり令嬢が完全無欠の氷の王太子に愛されるただひとつの花となるまでの、その顛末

12.君がはじめて

 ダンスの練習のあとはよく温室で話をするようになった。彼曰く「ここにいる時が一番落ち着く」からだという。

 確かに温室なだけあってあたたかくて過ごしやすい。そして、シルヴィオが自ら茶を淹れてくれる。

「侍女の方はお呼びにならないのですか」
 リリアーナがやろうとしたこともあるのだが、やんわりと止められた。王太子が淹れる茶なんてどんな顔をして飲めばいいのかわからないのだけれど、本人の希望であれば仕方がない。

「本当は全て一人で管理をしたいんだが、さすがに最近は手が回らなくてな。専門のものを一人二人だけ雇っている」

 そう言って、丁寧な手つきで茶葉を計る。元から彼は几帳面な人なのだろう。淹れてもらったお茶は最初に侍女が淹れたそれより美味しかった。これは、使用人泣かせだなとリリアーナは思う。

「それ以外は誰も、この温室には侍女も侍従も、入れたことはない」 
 けれど途端に茶の味もわからなくなった。

「君がはじめてだ」

 音を立てたのが自分のカップだと理解するまでに時間がかかった。
 なんてことだろう。だから最初に訊ねたあの時、あんな風に目を逸らしたのだ。

「あの、わたしは……」
 それなのにリリアーナは押し入ってしまった。婚姻を断るためだという最低な理由で。
 ここはきっと、彼の聖域だったのに。

「……―ナ」
 大変なことをしてしまったという思いだけがあるのに、どうすればいいのか分からない。頭の中でぐるぐると思考だけが回るがまとまらない。

「リリアーナ」
 先ほどまで向かいに座っていたはずのシルヴィオが、目の前に立っていた。

「は、はい」
 目線を合わせるように彼は屈んだ。

「ひとつ聞いておきたいことがある」

 ああ、またこの目だ。
 全てを見透かすような、青い瞳。

「君は、そういう色が好きなのか?」
 頭の先から爪先まで、シルヴィオの目がリリアーナを滑っていく。今日着ているのも地味な茶色のドレスだった。

「好きならいいんだ」

 よほど似合わないとでも言いたいのだろうか。この目から逃れる方法が自分にはまだ分からない。

「……申し訳、ございません」
 特段気に入っているわけではない。けれど、それこそロジータが着ていたような鮮やかな真紅のドレスが自分に似合うとも思えなかった。

「どんなものを着ていいのか、よく分からなくて」
 何を着てもリリアーナはリリアーナでしかない。地味でぱっとしない自分のままだ。鏡を見る度にそれを自覚するのがたまらなく嫌だった。

「そうか」
 リリアーナの返事にシルヴィオは考え込むような素振りを見せる。それをリリアーナはほとんどうわの空で眺めているだけだった。
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