引きこもり令嬢が完全無欠の氷の王太子に愛されるただひとつの花となるまでの、その顛末

15.境目

 雑草と花の境目はどこにあるのだろう。

 走って走って、たどり着いたのは温室の前だった。両膝を抱える様にして座り込んで、リリアーナは泣いていた。もうどうなったっていい。そう思った。

 本当は、この温室の中の花のようになりたかった。
 誰かに必要とされる、名前のある花。そんな資格は自分にはなかっただけだ。

「探した」
 膝小僧に額を乗せて俯いていたら、声が降ってきた。それは夜の闇をそっとかき分けるように沁み込んでくる。

「君は案外、足が速いな」
 シルヴィオがしゃがむ気配がした。微かに乱れた呼吸の音がする。辺りを探し回ってくれていたのだろう。

「こんなところに居たら風邪をひく」
 次いで、むき出しの肩にふわりと上着がかけられる。

「私が悪かった。君の気持ちを、何も考えていなかった」

 必死で首を横に振った。彼は何も悪くはない。

「リリアーナ」

 躊躇いがちな手が、頭に触れる。労わるように宥めるように、何度も何度もその手はリリアーナの髪を撫でた。無理に問い質すこともできるのに、シルヴィオはそれをしなかった。

「四年、ぐらい前のことです」
 嗚咽混じりに、リリアーナは話し始める。

 ああ、そうだ。
 ちょうどあの花のような、薄桃色のドレスだった。

 リリアーナはそのドレスを着るのをとても楽しみにしていた。デビュタントのドレスは白と決められているが、それ以降はどんなものを着てもいい。背中で結ばれた大きなリボンが印象的で好きだった。

「夜会で同じ色のドレスを着ていた令嬢がいて、彼女はとても美人でした」

 確か男爵か子爵家の令嬢だったと思う。爵位としてはリリアーナの方が上だが裕福な家で、本人の華やかな顔立ちも相まって彼女はいつも注目の的だった。夜会で見る度に凝った意匠のドレスを着ていた。

 令嬢とその取り巻きたちに、リリアーナは取り囲まれた。

「『あなたみたいな地味な子が生意気よ』って言われたんです」

 そうして、グラスに入ったワインをかけられた。みるみるうちにその染みがドレスに広がっていった。それはそのまま、彼女の悪意のように。

 リリアーナは何も、言い返せなかった。
 容姿に自信があったわけではない。それでも好きな服を着るぐらいは許されると思っていた。

「帰ってきたら、背中のリボンに切り込みが入っていました」

 お気に入りのドレスは見るも無残な姿になった。あれはあの後一体どうしたのだろう。捨ててしまったのだろうか。どのみち、もう着ることなんて叶わないだろうけど。

「それからずっと、引きこもって過ごしました」
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