引きこもり令嬢が完全無欠の氷の王太子に愛されるただひとつの花となるまでの、その顛末

16.それは、正しくない

 世の中には色々な悪意があるのだと身を持って体験した。社交界ではこういうことがままあるとは知っていたのに、目に見える悪意にも、そうでないものにも、リリアーナは立ち向かえなかった。

 明るい色の服を着るのが怖かった。誰かにまた、生意気だと言われるのが怖かった。

「……本当は断る理由が欲しくて、殿下に趣味を聞いたんです。最初からこのことをちゃんと話せばよかったのに、あなたに知られたくなかったから。わたしは、弱くてつまらない、最低の人間です」

 こんな自分をシルヴィオに知られたくなかった。

 例えばロジータなら、彼女たちにも毅然と言い返せただろう。美しい薔薇の花。
 わたしもそんな風になれたらよかったのに。

 父も母も、無理はしなくていいと言った。両親は引きこもるリリアーナに何も強いなかった。それが彼らのやさしさで、自分は大切にされているのだと理解している。

 けれどそれなら、この気持ちはどこにいけばいいのだろう。

 何を望んでもなれなかった。花になりたくてもなれなかった、わたしの気持ちは。
 わたしはずっと灰色のままだ。

「あなたのドレスは、わたしには似合わない」

 彼は自分の温室を我儘で自己満足だと称した。それでもいい。我が儘でも自己満足でも彼に望まれたかった。

「わたしみたいな出来損ないは、あなたに相応しくない」

 望まれて応えられる自分になりたかった。
 お飾りの妻とはよく言ったものだけれど、リリアーナでは飾りにすらなれはしない。

「王太子妃なんて、とても務まりません」

 どうか、他の方を婚約者にお迎えください。
 言おうとした言葉は飲み込んだ嗚咽に紛れて上手く出てこなかった。

 しばらくの間彼は何も言わなかった。真っ暗闇の中で自分のすすり泣く声だけが聞こえた。

「……私は言葉が足りないんだな。よく言われる」
 自嘲のように、シルヴィオは呟いた。

 頭を撫でていた手が、顎に伸びてくる。

「君は『花にはなれない』と言ったな」

 顔を上げさせられてシルヴィオと向かい合った。左手に彼が持ったランタンが、ぶわりと闇を切り取る。いくらか草臥れた顔をしていたが、拭い去れない色気のようなものが滲んでいた。橙色の光が、色素の薄い横顔を照らす。

「それは、正しくない」
 腰に手を回されて立ち上がった。抱き寄せられると体が密着する。

「その花を知らないことと、そこに花が存在しないことは、全く違う」

 ついて来てくれとシルヴィオは言う。
 向かうのは、月の光の満ちる温室。
 もう入ることなんてないと思っていたのに、細身の割に力強い腕は離れることをリリアーナに許してはくれなかった。

「出来損ないなんかじゃない。君はまだ、君を知らないだけだ」
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