引きこもり令嬢が完全無欠の氷の王太子に愛されるただひとつの花となるまでの、その顛末

2.氷の王太子

 やわらかな黄色のドレスと深緑のドレスを見比べて、結局いつものように暗い方の色を選んだ。

 別に断りに行くだけなのだから、美しく見える必要はない。失礼がない程度に整えておけばいいだけの話だ。それにどんなに着飾ったところで、きっとリリアーナよりもシルヴィオの方が美しいだろうから。

 鏡に映る自分は相変わらず何の変哲もない地味な女だった。絡まりやすいこげ茶色の髪は侍女が丁寧に梳いてくれたけれど、それでもぱっとしない色であることに変わりはない。
 リリアーナは生まれつき目が悪く眼鏡が欠かせない。こんなに分厚いレンズ越しては、どんなきれいな目をしていても見えないだろう。まあ髪と大差ない鳶色だけれど。

 一通り己の姿を眺めて失望したあとで、リリアーナは馬車で王宮へ向かった。正装して外出するのはいつぶりだろうと考えて、思い出せなかった。

 中庭を抜けて案内されたのは、テラスの一席だった。
 そこにもう、氷の王太子はいた。明るい光の中で、彼はただただ輝いていた。

 それはもう、神様が彼をそう創ったのだとしか思えない完璧な造形だった。

 風が、銀色の髪を攫った。
 流れる髪を押さえてシルヴィオは立ち上がり、こちらを見た。
 まるで時が止まったかのように、その全てがゆっくりとリリアーナには見えた。

 そしてその瞬間、リリアーナは己を恥じた。
 あの瞳に映りたいだなんて、なんて浅ましかったのだろう。

 どう考えても不釣り合いなこと極まりない。もう、この場から消え去りたかった。切れ長の青い目にわずかに怪訝な色が宿る。眉をひそめてもこの人は美しいのだなと思った。

「掛けてくれ」
 声を掛けられて、やっと棒立ちのまま硬直していたことに気が付いた。膝折礼(カーテシー)をしようとしたのを身振りで止められる。ドレスの裾を持とうとしたリリアーナの手は宙ぶらりんになった。

「必要ない。早く座りなさい」
「は、はい」

 促されるままに向かいの席に座って、顔を上げたら当然のように目が合った。全て見透かされてしまうような強い視線。咄嗟に俯いて、今度はどこを見ればいいのか分からなくなる。

 侍女がカップに紅茶を注いでくれる。ふわりと上がった香りを楽しむ余裕もなくて、ずっと膝の上で握った自分の手ばかり見ていた。

 流れるような所作で紅茶に口をつけると、シルヴィオは言った。

「急に呼び出してすまなかった。それで、用件だが」
「そのこと、なのですが」

 わたしではとても務まりません。それだけ言いに来たつもりだった。

「一体、どういうつもりなの!!?」

 けれど言おうとした言葉は、全て凛とした声にかき消された。
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