引きこもり令嬢が完全無欠の氷の王太子に愛されるただひとつの花となるまでの、その顛末

20.繋がる世界

「君の痛みは君だけのもので、過去の君に対して私ができることは何もない。何一つだ」

 空いている方の手を彼はぐっと握った。シルヴィオがその向こうに押し隠しているものをリリアーナはもう知っている。

「できることなら、あの夜の君の傍にいたい。君を傷つけた者たちを殴り飛ばしてやりたい」

「殴り飛ばす、ですか?」
 なんてらしくない物言いだろう。あまりのおかしさにリリアーナは必死で笑いをこらえた。

「そんなに笑うことはないだろう。私にだって殴りたい時ぐらいはある」

 そして「まあ君が望むならその家ごと取潰してもいいが」と取り澄ました顔のままさらりと続けた。

「め、滅相もないです!」
 その言葉にリリアーナは硬直する。一分の躊躇もなく、例の男爵だか子爵だかの家を焼き払う彼の姿が脳裏に浮かんでしまってぷるぷると懸命に首を横に振った。

「冗談だ」
 こんな顔で冗談を言う人がこの世にいるのか。彼が言うと冗談にはとても聞こえない。

「君がそれを望まないことは知っている。だから私も、そんなことはしない」
 そう言って、一つ大きく息を吐いた。

「代わりに、未来の君になら私にもできることはある」

 大広間へと続く扉の前に、二人並んで立つ。真摯な青い瞳がリリアーナを見つめる。その目の中に自分だけが映っている。

「リリアーナ。私はこれから先、私のできる全てで、君を守ると誓う」

 差し出されたのは、大きな手。

「だからこの手を、取ってくれないか」

 その手を見つめながら考える。

「わたしもずっと、考えていました」

 引きこもり続ける毎日に、意味はあるのか。独りぼっちの部屋の中で、ずっと考えていた。
 けれどリリアーナ一人では、その意味を見つけられなかった。

「やっとわかったんです」
 見つけてくれたのは、意味を与えてくれたのは、この人だ。

「ずっと灰色みたいな毎日だったけど、引きこもってなかったらシルヴィオ様と出会えなかったかもしれないって」

 あの夜会がなければ、リリアーナはきっと侯爵令嬢として普通に婿を取っていた。そうすれば、王太子妃候補になることはなかった。

 いいことも、悪いことも沢山あった。
 それはこれからも変わらないだろう。いいことばかりでは、ないはずだ。

「灰も無駄にはならないと聞きましたから」

 わたしを燃やし尽くしたもの。落ち葉と枯れ枝のなれの果て。その全てが、今に繋がっているというのなら。

 わたしはちゃんとそれを抱いていたい。
 あなたが教えてくれた、あの花のように。
 そうやって、咲いていたいから。

「その分だけは、きれいに咲けると思います」

 シルヴィオの手に、自分の手を重ねる。彼はその手をぎゅっと握ってくれた。

「ああ。君は何より、きれいだ」
 その手を頼りに、喧騒の中へとリリアーナは歩き出す。
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