引きこもり令嬢が完全無欠の氷の王太子に愛されるただひとつの花となるまでの、その顛末

3.金と銀の攻防

「お兄様」

 どん、っと音を立ててテーブルに手が突かれる。注がれた紅茶がさざ波のように波打った。

 飛び込んで来たのは目を瞠るような真っ赤なドレス。
 結わえられた金髪が揺れて、太陽の粉でも振りまいたように煌いた。

「お前こそどういうつもりだ、ロジータ。客人の前だぞ」

 よく似た色の瞳が対峙する。
 名前は知っていた。王宮の赤い薔薇、ロジータ王女。シルヴィオの歳の離れた妹だ。

「婚約者に逃げられたからって、すぐに他の女を呼びつけるだなんてどうかしてるわ。お兄様は家格が釣り合う相手なら誰でもいいの?」

「婚姻は重要な務めの一つだ。お前だってそれぐらい分かっているだろう」

 シルヴィオの射るような目に、相手の彼女も全く怯まなかった。眼前で繰り広げられる金と銀の攻防を、リリアーナはただ茫然と見つめることしかできなかった。

「一生をともにする相手をそんな風にしか選べないのなら、お兄様は最低よ!!」

 けれど、ロジータの目が今度はリリアーナを捉える。

「あなたはそれでいいの?」
 シルヴィオが氷に喩えられるならば、対する彼女は炎のようだ。

「空きが出たからって、ちょっと身分が高くて顔がいいだけの男の妻の座に収まって。あなただって本当に好きな人ぐらいいるでしょう?」

 鮮明にして熾烈。誰かを惹きつけてやまない、そんな眩しさ。
 この激しさは、きっと相手の中に彼女自身を焼き付けて残すだろう。リリアーナとは、違う。

「わたしは、」
 訊ねられた問いに返事ができなかった。けれど吸い込まれそうな青い瞳から目を逸らせない。

「姫様。ご令嬢がお困りですよ」
 華奢な肩に大きな手が置かれる。ロジータがそんざいに手を振り払っても、長身のその男は苦笑するだけだった。

「ジェラルド。さっさとその跳ねっ返りを連れて行け」
「まだ話は終わっていないわ」
「いい加減にしなさい。お前は、王宮から追い出されたいのか?」
「姫様」

「分かりました。でしたらわたくしはもう、お兄様とは今後一切お話はいたしません!!」

 言うが早いか、ぷいっと顔を背けて向き直る。薔薇の花びらのような赤いドレスの裾がふわりと翻ったかと思うと、ロジータはずんずんと歩き出していた。

「……悪いが、追いかけてやってくれ、ジェラルド」
 そう言うシルヴィオの顔がほんの少し曇った。

「ええ。勿論そのつもりです」
 一礼した彼はロジータを追いかける。背が高い分だけ彼はすぐロジータに追い付いて、また困ったように笑っていた。

「妹の躾がなっておらずすまない」
「あ、いえ……」

 確かに面食らいはしたけれど、悪い気はしなかった。彼女はきっと、リリアーナのことを思ってああ言ってくれたのだろう。その率直さと純粋さはむしろ好ましいほどだった。
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