引きこもり令嬢が完全無欠の氷の王太子に愛されるただひとつの花となるまでの、その顛末

4.世界の色

「幼馴染だったらしい」
 最初はそれが何のことなのかわからなかった。

「小さい頃から傍にいたんだが、他の者と結婚するとなってかけがえのない存在だと気づいたと」
 ああ、これはきっと、駆け落ちしたという王太子妃候補のことだ。

「私から婚約を破棄してもよかったんだが、それはそれでややこしくなる。できる限りの伝手は教えたつもりなんだが、それでも苦労は尽きないだろうな」
 この人は全てを知っていたのだ。その上で、二人を送り出した。

「次に誰が妃候補になるかまで考えが及んでいなかったんだ。妹の言うことにも一理ある。君には君の事情があるだろう。婚姻についてはよく考えてくれ」

「あの、そのことをロジータ殿下は」
あれ(・・)は思っていることがすぐ顔に出るし口からも出る性格でな。悪いが君も黙っていてくれると助かる」
 あの剣幕だと確かにそうだろう。リリアーナは頷いた。

「君の意に反して無理強いをするようなことはしない。断っても家に害が及ぶようなことはない。約束する」

 断るためだけに来たつもりだった。それは今も変わっていないけれど。

「わたし、ちゃんと、人を好きになったことが、なくて」
 どうしてこんなことを言い始めてしまったのだろう。こんなこと、高貴なお方に聞かせる話ではないことだけはわかるのに。

「ですから、それについてお気遣いは不要です……」
「そうか」
 シルヴィオはただ静かにそう返してきた。

「私もだ」
「へっ」

 同意をされるとは思ってもみなかった。シルヴィオならいつも山ほどの好意を向けられてきただろうに。なんでも手に入れられる人が、誰のことも好きになったことがないだなんて。

「一体どんな気分なんだろうな」

 表情自体に大きく変化があるわけではない。けれど、小さくなってしまったロジータとその騎士の後ろ姿を見つめる青い目は普通の兄のようだった。さらにその向こうに何かを重ねているようにも。
 彫像のごとく思えた横顔に、ほんの僅かな寂寞が宿る。

 恋とも呼べないような淡い思いを抱いたことがないわけではない。けれど、全てを投げ打ってしまえるほどの激情を理解はできなかった。そして自分に応えてくれる人がいるとも。

 たった一人、自分と一生をともにする人の手と手を取り合って。その手に身を預けて飛び出していく。
 リリアーナには想像もつかない世界だ。それは一体、どんな色をしているのだろう。

「すっかり冷めてしまったな。淹れなおそう」

 カップに手を伸ばしたシルヴィオが淡々と侍女に命じる。
 結局そのままぽつぽつと世間話をしながらあたたかい茶を飲んで。
 リリアーナは婚姻を断ることができずに帰路についたのだった。
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