引きこもり令嬢が完全無欠の氷の王太子に愛されるただひとつの花となるまでの、その顛末

7.やさしい人

「なんてことはない」
 丸い薄桃色の花にシルヴィオの手が触れた。長い指は慈しむようにその花びらをそっとなぞった。

「これは余計なことを聞いてこないし何より話しかけてこない。私がただ、自分の我儘と自己満足のために、集めているだけなんだ」

 伏せられた長い睫毛が頬に影を落とす。

 そこにいるのは、氷の王太子ではなかった。話に聞くシルヴィオは完璧な王子様で、決してこんな迷子の子供のような目をするような人ではなかったのに。

「すてき、だと思います」

 気づけば口をついていた。思っていることを言うのはあまり得意ではない。現に紺色のドレスを掴んだ自分の手はわずかに震えていた。

 それでも、伝えるべきだと思ったから。

「ちゃんと手を掛けているからこそ、こちらの花はみんな咲いていられるのだと思います」

 大切にされているのだろう。どの花も競うように咲いて誇らしげに見えるほどだ。整えられた葉も枝も、全て手間と時間をかけたからだ。

「何かひとつ大切にできる人は、きっと他のものも大切にできる人、です」

 最後の方は、まるで自分に言い聞かせるような言葉だった。ただリリアーナがそうありたいという、それだけだった。

 シルヴィオがこちらに向き直る。斜めのガラス屋根を通った日の光に、銀の髪はまたきらきらと輝いた。

「そうか」
 花びらを撫でた指先が、伸びてくる。思わず目を瞑ってしまったら、そっと肩に手が触れた感触があった。

 恐々目を開けると、その手はリリリアーナの肩に落ちた葉を取ってくれていた。それだけだった。

 ほんの少し、ほんの少しだけ、涼やかな目元がやわらかくなって、

「君は、やさしいな」
 シルヴィオは微笑んだ。手のひらに舞った綿雪が溶けるような、そんな笑みだった。

 それを見て、リリアーナは自覚する。
 ああ、今度こそ断ろうと思っていたのに。
 そんな顔を見たらまた、断りづらくなってしまった。
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