寄り添う背中

夜明け

 午前四時。まだ夜も明けない暗がり。
 BAR「encounter(エンカウンター)」の入り口に掛かる看板をクローズに返して、大きく伸びをした。

「あ──っ、肩凝った。もう僕も歳だな」

 首を右へ左へ傾けるとごきごきと骨が鳴る。腕を上げてぐるりと肩を回しながら店内へと戻った。
 
 静かに流れていたクラシック音楽はいつの間にか止んで、コーヒーメーカーから湧き上がる芳ばしい香りが店内に充満している。先ほどまであった仄暗い大人の夜が、喫茶店のような穏やかな雰囲気に変わっていた。
 カウンターに座り、頬杖をついた。出来上がったコーヒーをカップへと注ぐ、妻佐江子(さえこ)へと視線を向けた。
 仕事終わりの明けきらない朝のひととき。側にいる彼女の姿にホッとする。

 結婚して二十年。
 子供に手がかからなくなり、二人だけの時間が取れるようになってから、佐江子はこうして仕事終わりの僕にコーヒーを淹れてくれる。そのうえ、朝ごはんも一緒に。

 今日は僕の大好きな厚焼きたまごサンド。昨日の朝に次の日の食べたいものを聞かれる。パターンはすでに決まりつつあるけれど、今日はどうしても厚焼きたまごサンドが良かった。

 佐江子に、伝えたいことがあったから。

 ふんわりと、マヨネーズの香りが食欲を掻き立てる。あー、良い匂いだ。でも、疲れているからかな。この安心する空間に、眠気の方が勝ち始めてしまった。途端に睡魔が襲ってくる。
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