寄り添う背中

陽だまり

────

「……あ、ごめん。寝ちゃってたね」

 気がつけばすぐ横に佐江子の姿があって、それにまた安心してあくびを一つ。

「はい、どうぞ」

 まだ寝ぼけ眼な僕を見て小さく笑うと、佐江子は用意していたサンドイッチのお皿と淹れ直したコーヒーを置いてくれた。
 なんとなく、瞳が潤んでいるような気がするのは、気のせいだろうか?
 いつも苦労をかけてしまっているのは、本当にすまないと思っていても、つい、佐江子の優しさに甘えてしまっている。

「いただきます」
「はい、どうぞ」

 店内には、カップを持ち上げた時のカシャッと鳴る小さな物音だけ。
 静かな朝。ようやく、窓から朝焼けがふんわりと店内に差し込み始めた。

「佐江子の厚焼きたまごって、美味しいよね」

 いつも思っていた。今まで食べて来たたまご焼きのどれよりも美味しいと。
 確か、初めて作ってくれた時も言ったのかもしれないけれど、改めて思う。
 佐江子の料理は美味しい。

 僕と出逢う前、調理師の専門学校へと通っていた佐江子。当時人気のあったカフェへの就職がとっくに決まっていた。本当は、きっとそこで働きたかったんだと思う。
 佐江子の一番の夢でもあったはずだった。それなのに……。

 『……赤ちゃん、出来たっぽい』

 嬉しそうに自分のお腹を撫でる佐江子に、その時僕は、うまく笑えていなかったかもしれない。
 もちろん嬉しかった。だけど、彼女に夢をあきらめさせることになるのかもしれない、そう思ってしまったから。 

 だから、僕はただひたすらに佐江子を一生大事にしようと、その日心に誓った。

 明るすぎる髪を暗くして、身だしなみもきちんとする。
 たまに自分の気分を全面に出しながら仕事に入っていたことを悔い改めて、しっかり今の仕事に誇りを持てるように気持ちを入れ替えた。
何のために働いているのか分からなくなっていた未来への不安が、佐江子を幸せにするために働いているんだと希望を見出せた。

 そしていつか、佐江子の夢を絶対に叶えてあげたい。
 そう思いながら、これまで過ごして来た。

「佐江子、僕と一緒にカフェ開こうよ」

 僕の顔を見つめたまま、佐江子はフリーズしてしまった。
 手にしていたカップが脱力した手元からテーブルへとカシャンッと音を立ててゆっくりと降りる。
 静けさに響いたその音で、佐江子はようやく大きな瞳をパチパチと瞬きさせて、また僕の方を見つめた。

「佐江子のカフェイメージとか、色々教えてね。あ、そうだ、バイトの子に佐江子の考案した料理を食べてもらおうよ。若い子の意見を聞けるしさ、良いアイデアじゃない?」

 大好きなサンドイッチをぺろりと平らげて、コーヒーを飲む。

「……うん。良いアイデア……すごく」
「……佐江子?」
「あ、ごめん。嬉しくって」

 佐江子の瞳が見る見る潤んでいく。それがとても綺麗で、笑顔と共に零れ落ちていく。

「今からでも、夢、見て良いのかな?」

 安心したように笑いかけてくる佐江子の頭に手を伸ばし、優しく撫でてあげた。

「夢、叶えようよ。一緒に」

 泣き笑いする佐江子と過ごす、この穏やかで静かな朝が好きだ。
 忙しなく過ごして来ていた今までよりも優しく、大切にしたい時間。
 これから先、キミといつまでもずっと二人で。

「晴くん、肩揉みしよっか」
「ありがとう、順番ね」

 カウンターで笑い合う僕らの後ろ姿は、二人の大切なカフェと共に、おじいちゃん、おばあちゃんになっても、ずっとそばで寄り添い続けていたい。

─fin─
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