ノート

彼女が去った後 その1

 そして、もうすぐ30になろうという頃、Aが突然、自ら命を絶った。
 遺書にはたった一言「ごめんなさい。さようなら」と書かれているだけで、動機も不明だったそうだ。
 Bは精神的な支柱を失い、かなり不安定になっていた。両家のご両親の落胆も推して知るべしだ。

 俺たち元同級生も、戸惑いながらも焼香に行った。
 何が起こったのかさっばり分からなかったからこそ、邪推で変なストーリーを面白おかしく組み立てて話すやつもいた。
 「B一家が多額の保険金をかけて、自殺に見せかけて殺したのでは」という、下衆くてベタな話は不愉快だったが、何となく聞き流した。

 それから3日ほど経った頃、突然Cから連絡があった。
 確かにCの家は近所だったが、中学卒業以来会っていないし、彼女はクラス会にも来ていなかったので、電話口で『Cです』と言われたときは、何かのいたずらを疑ったほどだ。

 Cに指定された繁盛(はや)っていない喫茶店に行き、「珈琲(ホット)一つ」と注文しながら席に着く。
 すると、先に来ていたCに、なぜかケーキ屋の紙袋に入った荷物を渡された。

「これ、何だ?」
「Aちゃんの遺品です」
「遺品…」
「…になるなんて、これを受け取ったときは想像もしなかったんだけど、そういうことになります」

 どうやらAとCは、中学卒業後も、細々と付き合いを連絡を取り合っていたようだ。
 中には小さなノートが1冊だけ入っていた。
 AはCに、「中は読んでもいいけど、できれば読まずに俺君に渡してほしい」と手紙を添え、自殺を図る直前に送ってきたという。

「手紙って?」
「私が死んだら俺君に渡してくださいって。死ぬとか縁起でもないって思ったし、意味分からなかったんだけど――こういうことだったんだなって」
「この中、読んだ?」
「読んで……ません」

 Cの微妙な言い方に「全部は読んでいないってことかな」と、俺は勝手に判断した。
 もっとも、何が書いてあるか分からない俺には、そのニュアンスもよく分からなかったのだが。
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