【私は今日も癒やしの『喫茶MOON』に通う】

第1話 喫茶『MOON』(喫茶ムーン

 私は今日も喫茶『MOON』に通う。
 昔から町にあり景色に馴染む、レトロな外観のどこか懐かしい喫茶店だ。
 レンガ壁にひさしに植え込み花壇に、小さな看板。
 喫茶『MOON』の近くを通ると、珈琲の芳しい香りとパンの焼ける匂いやトマトソースがほんのりと、とっても美味しそうな匂いがした。
 私は店先ですでに鼻腔も食欲もくすぐられてる。
 この喫茶店の珈琲や紅茶を飲んでみたい、料理を食べて味わってみたい。そう思わせる引力が十二分に存在している。

 陽射しが暖かく、寒さが和らいでいる。
 桜が咲き始めて、淡いピンク色が目に飛び込む季節。
 自然の息吹に目を奪われる春。
 長く日本に滞在した冬将軍の姿ももう微かになって、寒さ冷たさで出来た後ろ髪をなびかせて、去ろうとしているのかもしれない。


 ――気づけば私は、ずっと一人暮らし。
 一人暮らしを楽しく満喫というわけでもなかった。迫られて仕方なく、こうした生活スタイルになっている。
 家族や誰かと、寄り添い助け合い笑いながら楽しく暮らしたいだなんて願望がそんなに簡単に叶わないことを、身に沁みて知っていた。
 周りが当たり前のように得ていそうな幸せだって、手に入れるのって難しくて結構大変なんだなって思うの。
 タイミングとか運とかだけで計れないけれど、そうしたものにはとんと無縁でぶきっちょさんな私。
 生きることが下手くそだな〜って思うのです。
 だからといって一緒に過ごすのも結婚するのも、誰だっていいわけじゃないものね。


 そう、あの日は特に一人で食べるご飯が味気なく感じていた。

(ランチは外で食べてみようかな?)

 人見知りで臆病な私は勇気を振り絞って、住まいから歩いて8分ほどの距離の喫茶店に恐る恐る入ってみた。
 
 それが去年の今頃だ。
 桜が満開になるかならないかのあの日に私は喫茶店に初めて足を踏み入れてから、毎週土曜日と日曜日のご飯のいずれかはここに食べに来る。

 朝八時から五時までは喫茶店で、夕方五時から九時まではバーのようでお酒が楽しめた。
 喫茶店は、二十代後半〜三十代前半ぐらいかなと思われる双子が店主だった。
 双子の兄が朝から昼のマスターで、夜の方は双子の弟がマスターになっているみたい。
 昼の忙しい時間を過ぎたあたりから弟の方もやって来て、夕方の間《あいだ》の時間は夜の仕込みをしながら、双子のマスターは二人でカウンターにいることが多かった。

 私はこの喫茶『MOON』のロイヤルミルクティーと卵サンドの虜になった。
 私は珈琲も好きだけど、紅茶も好き。
 喫茶『MOON』の飲み物も料理もどんな味なのか色々と試したいとは思っていたけど、初めに食べた卵サンドがあまりにも美味しくてついついいつも頼んでしまう。

 そして――。
 いつも一人で窓際の二人用のテーブルの同じ場所に座るお客さんが気になっていた。
 歳は三十代後半から四十代前半ってとこかな〜?
 茶色い眼鏡をかけていて、服装は落ち着いた色味のスーツが多かった。
 彼はグラタンやナポリタンや会う日毎に違う食べ物を頼み、違う飲み物を飲んでいた。

(メニュー全制覇でもするつもりかな?)

 なん、だろう?
 彼の仕草ひとつ一つが気になってしまう。
 私が喫茶『MOON』に来店する時間はまちまちなのに彼は同じ時間に偶然にも居る。
 私は話したこともないその人に親近感を覚えてしまっていた。

 同じ時間に居合わせている。
 ただ、それだけなのに。

 とっても気になる。
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