【私は今日も癒やしの『喫茶MOON』に通う】

第26話 チョコちゃん家に瑠衣が泊まりに来た夜

 瑠衣が夕方の5時半ぐらいになるとやって来た。

「お邪魔しま〜す」
 瑠衣はラフな格好だった。ポップなロゴのTシャツにマーメイドの形の長い丈のスカートを履いている。
 足には明日のために、仕事用にしている紺色のスニーカーだ。


 慣れた調子で瑠衣は私の部屋に上がる。ズンズン部屋を進み、持ってるお泊りグッズの入ったボストンバッグを部屋の片隅のいつもの場所に置いた。


「夕食はなんにする? 買い出しに行こうか?」
「晩ご飯ならお母さんに手伝ってもらって作って来たよ、ほら」

 可愛い柄のショップの紙袋を瑠衣は持ち上げ、ニコッと笑った。
 私はそんな瑠衣の笑顔を見て、チクンッと胸が痛んだ。

「千代子にさあ、言っとかないとなあと思って」
「言っておきたいこと?」
「うん。まあ、とりあえず飲み物、飲み物。開けるよ〜」
 瑠衣は勝手知ったるなんとやら……貰うねと言って、冷蔵庫からこの前泊まりに来た時に自分が置いていったラムネサワーを取り出した。

「千代子は飲む?」
「ううん。さっき電話でも言ったけど、まだ体調がね……」
「そっか、ごめん。そんな時に」
「ううん、そんな時だから瑠衣が来てくれて良かった。安心するよ」

 長い付き合いだ。
 自分のことを知ってくれてる、理解してくれる仲の良い友達の存在はありがたい。

「ちょっと早いけど、食べようか」
「あっ、うん。いただきます」

 瑠衣はおばさんと一緒に作ってくれたおかずを次々とお皿に出し始めた。

 鯛のカルパッチョ、肉じゃがに小松菜のお浸し、いなり寿司がタッパーにびっしりと入っていた。

「チーズも持って来たよ」
 私の部屋の小さいテーブルにところ狭しとごちそうが並んだ。
 
 私は冷蔵庫から作り置きの麦茶を出し愛用のグラスに注ぎ入れ、瑠衣のラムネサワー入りのグラスと乾杯した。

「でね、さっそくなんだけど」
 瑠衣は個包装に入ったキャンディーチーズの包みをパリパリッと開けて、ポイッと口に放りこむ。

「私、彼氏できた」

 はっ?

「千代子も知ってる人」
「へっ? ええ〜っ!?」

 だっだれ? 誰なの?
 相手は一体誰なわけ?

「えへへ」

 貴教さん? なわけないか。
 好きな人がいるって言ってたもんな。
 それとも考え直して、瑠衣のことが気になって好きになったとか……?

「その前にさ、あの喫茶『MOON』の貴教さんとご飯食べたって言ったでしょ?」
「うん…」
「実はさ、その時にね。私……貴教さんに告白したんだよね」
「えっ? え〜っ!?」

 貴教さんは瑠衣が告白したことは、なんにも言ってなかった。

「まあ、なんと言うか。知り合って日は浅かったけど、私は結構本気だったから。
 元々望みは薄いなとは思ってたけどね、万が一でも私のことを良いなと思ってくれてるかもと思い切って告白して。見事に当たって砕けたわ」
「はあー。瑠衣は勇気あるね」

 瑠衣は頭を横に振った。
 少しだけ悲しそうに見えだけれど。その後、瑠衣は微笑んだ。

「スッキリはした」
「うん。そうか」
「やだあ、千代子が暗い顔しないでよ。私は自分でも信じらんないけど、今すごくハッピーなんだから」

 瑠衣がすごいな、強いなと思った。
 私は告白なんて……出来ない。
 臆病者なんだ。

「ちょっと前から派遣先がミナト倉庫だったでしょ?」
「うん」
「そこで年下の長谷地くんって言う社員さんがいたじゃない?」

 ああ、親切に私たちに声をかけてきてくれたり、お菓子をくれたりしてたよね。

「あの子に告白されて、付き合うことにした」
「長谷地くんと?」
「うんっ。愛するより愛されてる方が幸せだって……感じかな。まっ、要は失恋を慰めてもらっちゃって。メールのやり取りしてるうちにいつの間にか」

 惚れっぽいと呆れてくださいなと言いながらニヤニヤしてる瑠衣の表情を見て、私は心底ホッとしていた。

 失恋して悲しんでる瑠衣にどう声をかけてあげたら良いか悩んでいたから。

 瑠衣の惚気《のろけ》ばなしがそこから始まって。

 私は嬉しい気分で相槌をうっていた。
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