【私は今日も癒やしの『喫茶MOON』に通う】

第33話 元カレととことん話すチョコちゃん

 私は喫茶『MOON』の扉を少し心残りに思いながら閉める。
 克己さんに悪いことをした気分だった。なんでかな?
 胸がチクチクする。

 カランとドアベルの音がしてた。

 店の前のガードレールの内側の植え込みの桜の木に、蓮都は寄りかかって私を見ている。

 街灯が煌々《こうこう》と点いた歩道を歩くと、蓮都はご機嫌な調子で私の左側を歩く。いつもさり気なく車道側を歩いてくれるのは昔と変わらない。

「一人で帰れるから」
「いや、送って行くよ。今も変わらずあのアパートに住んでんだろ?」
「うん、まあ」

 不意に蓮都が私の手を握ってきた。
 蓮都の細い体の割には思ったより力強くぎゅっと握られて、私はその手をほどこうとした。
 なのに蓮都はあろうことか私を引っ張りその胸に寄せた。
 手を握りしめたままに。

「蓮都、やめて」
「なんで? 周りには誰もいないよ? じゃあさ、千代子の部屋に入れてよ」
「離して」
「いやだね」

 蓮都が急に不機嫌になって語気を強めたのでびっくりして顔を上げると、彼は泣きそうな顔で私を見ていた。

「千代子を忘れたことはないんだ。だけど。俺が目の前で困ってる子は助けたくなっちゃうの、千代子は知ってるだろ?」
「とにかく私のこと離して。じゃあ、話そう。公園のベンチにでも座って。ねっ!?」

 私は今度は抱きしめてくる蓮都の腕を無理やり押しのけて、言い聞かせるようにして近くの公園に彼を連れて行く。

 蓮都は駄々をこねる子供みたいだ。

 付き合っている時はそこが魅力的に感じていた。
 純真な心を持っていて、時には残酷なほど自分の気持ちに忠実で。

 時が経って、私には蓮都と付き合う元気はなかった。

 もう私はちっとも蓮都を好きじゃないんだ。

 抱きしめられた時に知ってしまったんだ。

 自分勝手に振り回す蓮都と過ごせるほど心に余裕もなければ愛しい気持ちも、彼に対して私には残っていないんだと痛いほど気づいてしまっていた。
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