【私は今日も癒やしの『喫茶MOON』に通う】

第35話 蓮都の小さな箱

 私の目からポロポロと涙が溢れて、こぼれ落ちた。

 なにが一番悲しいのかは分からないけれど、涙は止まらない。
 心の感情が暴走している。

 悲しかったこと。
 お父さんお母さんが死んじゃったこと。
 蓮都に裏切られたこと。

 悔しかったこと。
 腹の立ったこと。
 職場の意地悪な人たちのこと。
 生活が苦しいことや将来の不安。

 あれもこれも思い出してしまった。

 泣きたくて泣くわけじゃない。
 でも悔しさも湧き上がって心の中がぐちゃぐちゃで、嗚咽《おえつ》が止まらない。

「千代子……。ごめん。泣かせるつもりはなかったんだ」
 蓮都が一度抱きしめてきたら、蓮都の着ている服からポロッと何かが落ちた。
「あっ!」
 そのまま転がっていく小さな丸い箱のような物は、ジョギングしてきた人の足元に当たって止まった。
 丁寧に拾い上げると箱を持って、その人はこちらに向かってゆっくりと歩いて来る。
 親切な人だ。

 暗いので顔はよく見えない。

 私たちの座るベンチには横に街灯が立っている。その人が近づくと、だんだん姿がハッキリとしてきた。

「あなたのですか?」
「はいっ。ありがとうございます」
 
 蓮都はベンチから立ち上がりその人から箱を受け取ると、呆気に取られたように口をポカーンと開けてしばらく固まっていた。

「喫茶店のマスター?」

 あっ、貴教さんだ!
 私は慌ててハンカチを出して、涙をゴシゴシ拭いていた。

 泣いていたのがバレませんように。
 なんか恥ずかしいから。

「チョコちゃん?」

 貴教さんは訝《いぶか》しげに蓮都と私を交互に見ていた。

「貴教……さん」
「チョコちゃん、泣いているの?」

 優しい貴教さんの声。私は安心してしまう。
 貴教さんにどう言えば、どう説明したら良いのか分からなくて私は声を発せずにいた。
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