【私は今日も癒やしの『喫茶MOON』に通う】

第51話 家まで送るよ、チョコちゃん

 外は真っ暗で、雨あしはますます強くなってきてる。
 雷の音が激しく鳴り始めてからは、喫茶『MOON』には新しく入って来るお客さんはいなかった。
 満員だった席も次々に空いて、店内には気づけば私とマルさんだけになっている。

 いつまでも高鳴っておさまらない胸の鼓動を感じながら、私は食事をすませた。
 会話は緊張している私を気遣ってか、マルさんが好きな本の話をしたり、私の好きな本や映画の話を訊いてくれたりした。
 顔は火照って、恥ずかしくて。
 マルさんは本屋さんの仕事に戻らなければならない。アルバイトの竹井くんを呼んで、テーブルでお会計をする。マルさんは私の分まで払おうとしてくれた。
「私も払いますっ」
「今日は僕が――」
 さっとカードで支払って、マルさんは微笑んだ。
「男って奴は好きな人の前では、ちょっとは良いとこ見せたくなったりするんです」
「……ご馳走さまです」
「ただ喜んでもらいたいだけですよ。外はすっかり暗いですね。心配だからチョコちゃん、家まで送りますよ」
「だ、大丈夫です。あの、マルさんは気にせずお仕事に行ってください」
 マルさんは途端に困った様子の顔になったので、私は慌てた。

「チョコちゃん、ここは送ってもらったら?」
「克己さん」
 スッと克己さんが私達の座るテーブルの横に立つと、ラッピングされた小さな箱を二つ私の目の前に置いた。
「そうそう、トキさんから聞いたよ。東雲さんとこで働くんだって? おめでとう。これ、ささやかだけど就職祝い。俺と貴教で焼いたクッキーだよ。瑠衣ちゃんの分もあるから、渡してくれるかな?」
「わぁ。克己さん、ありがとう。瑠衣も喜びます」
 まさか、私達にこんな気遣いをしてくれるなんて。
「いえいえ。あぁ、そうだ。大きな傘を貸そうか。二人で相合い傘するだろ?」
 えっ、そんな。マルさんと相合い傘だなんて。恥ずかしいよ、克己さん。

「おっ。いらっしゃい」
 克己さんがドアベルの音に気づいてお客さんに挨拶の声を上げると、入って来たのは瑠衣と彼氏の長谷地くんだった。
「こんばんは〜って、あれ? 千代子じゃない。ご飯食べに来たの?」
「千代子さん、こんばんは」
「こんばんは。うん。食べ終わったとこ。あのっ、マルさん。私は友達とお喋りしてから帰るので、私のことはお気になさらずお仕事に行って下さい」
「そう。それじゃあ、また」
「マルさん、お仕事頑張って下さい」
「ありがとう。返事を楽しみにしてます。チョコちゃん。帰り道、気をつけるんだよ」
「はい。じゃあ、また」
 席から立ち上がり、瑠衣達に会釈をしたあと、マルさんはにっこり笑って手をこちらに振ってから扉の向こうに行ってしまった。
 克己さんがお辞儀をしてお見送りをしている。

 瑠衣と長谷地くんが四人席のテーブルに着くと、私を手招きして呼んだ。二人が並ぶ前に腰掛けると、さっきまで私とマルさんと座っていた場所を、瑠衣が指さししながらニヤニヤと笑った。
「なっ、何よ〜?」
「千代子こそ、何よ〜? さてはマルさんと何かあったなぁ?」
「まぁその、ありました」
「えぇ――っ!? 進展があったわけ?」
「それより、そうだ。瑠衣、克己さんと貴教さんから就職のお祝いをもらったよ」
 瑠衣からの追求をかわすため、というわけじゃないけれど、私が預かっていたクッキーの箱を渡すと瑠衣の顔がほころんだ。
「克己さんありがとうございます。貴教さんにもお礼をよろしく言っておいて下さい」
「いえいえ。大したものじゃないけどね」
 克己さんはテーブルを拭いたりメニュー表を整えたりしている。
 そこに制服から私服に着替えたアルバイトの竹井くんが、克己さんに挨拶をしてる。
「賄いのナポリタン美味しかったです」
「それは良かった。お疲れ様。じゃ、帰り気をつけてな」
「お先に失礼します」
 竹井くんは「ごゆっくりどうぞ」と私達に会釈をして帰ってしまった。

「克己さん、お店にはこれから一人だけですか?」
「そうだよ。もともと今日は予報通りの天気なら早く店を閉めるつもりだったからね。雨の日は客足が伸びないからさ。でもしっかりお客様のお食事は作らさせていただきます。オーダー決まったかな?」
 克己さんは畏まって執事の様に腰を折った。ちょっとおどけた風で、私は少し笑ってしまう。
「チョコちゃんが告白された記念に俺からワインを一本奢るよ。皆、ワインは飲める?」
 克己さんのその一言に、瑠衣が「キャーッ!」っと大騒ぎしたのは言うまでもない。

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