【私は今日も癒やしの『喫茶MOON』に通う】

第54話 ドキドキ、お付き合いが始まる

 えーっと……。
 うふふ。
 私、藤本千代子、マルさんとお付き合いすることになりました。
 克己さんに励まされて背中を押してもらえたことが、大きな力になった気がします。

 私は、電話でマルさんに今の気持ちをそのまま伝えました。
 マルさんに憧れの気持ちがあることは確かだって。
 でも、恋愛で失敗続きで付き合うことに不安があることも……。
 包み隠さず、素直に話したら、すっきりしていた。
 それで。
 マルさんはそれでも――。

「チョコちゃんとお付き合いしたい気持ちに、僕は変わりはないよ。電話越しなのがもどかしいけれど、千代子さん、僕と付き合って下さい」
「はい……。私で良ければ。よろしくお願いします」

 誠実さを感じるマルさん。
 私は彼となら、ゆっくりじっくりと愛を育てていける気がするの。

 蓮都と別れてから、恋人が出来るのは久しぶりすぎて、これからどうしようって……あたふたしちゃう。

 マルさんは本屋さんの店長さんです。マルさんは平日がお休みで、今は土日が休みの私とは休日が合わないのだけれど、東雲菓子店で働くことになれば、休みが合わせられるよね。

 恥ずかしいから、わざわざ皆に「マルさんと付き合うことになりました」と言ってまわることもしないけれど、隠すつもりもなくって……。
 どのタイミングで言うべきなのかな?
 私は段々と、マルさんと両想いになれた実感が湧いてきて浮かれ始めていた。


  ✧✦✧


 マルさんと付き合い始めてから、ある金曜日の晩、仕事帰りに二人で会えることになった。
 電話やメールのやり取りはしていたけれど、なかなか会えないものだなとちょっと寂しかったから、マルさんと会えるってなってすごく嬉しい。

「こんばんは」
「こんばんは」

 私の住んでるアパートの前まで、マルさんは来てくれた。仕事帰りでスーツを着ている姿なので、きゅんっとした。
 私の胸がドキンドキンと大きく拍動する。
 まだ恋人になりたてで、ぎこちない。
 二人でいるのが慣れなくて、照れくさい。
 こんな気持ちも、徐々にいつか‘’アタリマエ‘’になっていくのだろうか。
 一緒にいることが自然になったら良いな、嬉しいな。
 私は休みだけど明日もマルさんはお仕事だから、二人でいられる時間はあまりなくて……。

「屋上で星を見られる『貸し本屋』があるんです。これから行きませんか?」
「貸し本屋さんですか? 星が見られるなんて、なんだかロマンチックですね」
「ふふっ、そうでしょう? 友人がやってる店なんですけどね。このあたりでは星は数えるほどしか見られないが、少しでも彼は宇宙を感じたいんだそうです。そこの屋上からは地上よりは多くの星が見られますよ」
「それは素敵ですね。行きたいです。場所は近いんですか? マルさん、明日お仕事だって言ってたから、あまり遅くなると悪いかな〜なんて」
「ええ、近いですよ。歩いて15分ぐらいかな。チョコちゃんさえ良ければ行きましょうか」
「行きますっ」

 マルさんがふふっと優しく微笑んで、私を促すようにして歩き出す。

「実は今日、チョコちゃんの家に来る前に喫茶『MOON』に寄って来たんです」
「喫茶『MOON』に?」
「アイス珈琲と夏みかんのケーキをテイクアウトさせてもらいました。……あとはマスターに、僕達二人のことを報告してきたんです」

 マルさんは持っていた布製のトートバッグから、銀色《ぎんしょく》のボトルと小さな箱をのぞかせた。

「克己さん達に?」
「勝手にすいません。チョコちゃんと付き合えて嬉しかったからつい……。あとは色々と貴教くんや克己くんには気を遣ってもらったり、アドバイスや応援されてたから。いけませんでしたか?」

 私はブンブンと首を横に振った。
 ちゃんと周りに宣言してくれたんだって、嬉しいよ。少なくとも隠さず関係が進んだってハッキリと周りに言うのは、それだけ真剣なお付き合いって思って良いんだよね?
 マルさんもそう思ってくれてるんだよね?
 それに友人のお店に連れて行ってくれるって、また一つマルさんのことが知れる気がする。
「貴教くんが、チョコちゃんにそのうち何か両想いになったお祝いのサプライズがしたいと言ってました」
「マルさん、言っちゃったら……」
「あはは、サプライズになりませんね。すいません」
「ふふふ。大丈夫です。私、忘れっぽいので」
 頭に手をやって恥ずかしそうに笑みをこぼすマルさんは、年上だけど可愛く見えた。


 貸し本屋さんは、白と青を基調とした壁がお洒落で装飾の可愛らしい外観のビルにあった。
 二階部分にはウッドデッキのテラスがせりだしている。看板は軒下に吊り下げた金属製で猫が本を読んでいる。
 外国の映画にでも出てきそう。
 マルさんのお友達夫婦が建てて、レストランも経営していて、あとは住居になっているんだって。

「今日は貸し切りにしてもらったんです」
「えっ? 貸し切りですか?」
「といっても、もう営業時間は終わってるんです。友人は夫婦でデートしてくるからって気を遣ってくれて」
 マルさんは照れたように笑った。
「僕に恋人が出来たなんて驚いたって、色々と茶化されましたけどね。チョコちゃんが門を開けてみる? 手を出して」
 マルさんは私の手に胸ポケットから取り出した鍵を載せた。
 持ち手がバラの花の形のアンティークな鍵はこれもまたお洒落だ。
 マルさんは建物の横の外付けの階段を指差した。階段の頭上にはテントって言うのかな? 白と青のストライプの雨よけがあって、急な雨でもお客さんが濡れないようになってるみたい。

 階段前の小さな門扉の鍵穴に鍵を差し込み回して扉を開くと、階段の三段め辺りにミニランタンが二つとメッセージカードがあった。

 ――中丸、彼女とごゆっくり。お二人で楽しいひと時を――

「素敵なお友達ですね」
「ははっ。恥ずかしいな。そう、いいヤツなんです。チョコちゃんに今度紹介するよ」

 電池式のミニランタンを点けてから、二人で屋上に上がる。先に階段を上がるマルさんは、私を気遣うように何度も振り返った。

「気をつけてね」
「はい」

 建物の上に上がりきると、さながら屋上庭園といった空間が目の前に広がる。
「わぁ、素敵……」
 足元の小さな灯籠みたいなダウンライトは、淡く柔らかい光を放っている。
 グランピングが出来そう。
 タープが張られ、真ん丸のライトが飾られたアボリジニが使う様な形のテントが三つあって、屋上の真ん中に丸太のテーブルに切り株の椅子が置かれている。
 木製の二人がけのブランコ……。
 形は違うけれど、貴教さんと克己さんのお家にあった天井からぶら下がったブランコを思い出した。
 子供の頃は毎日何度乗っても大好きだったブランコは、大人になって十何年経って乗っても楽しかったなぁ。

「子供の頃、ブランコで毎日のように遊んでました」
「大好きだったんですね」
「はい。父と母が休みの日はあちこちの公園に連れて行ってくれて……。私はどこの公園に行ってもブランコによく乗ってました。人気だから、じいっと順番待ちをしてたっけ」
「ふふっ。乗りましょうか? ブランコ」

 マルさんは私の手を握り、ブランコまで連れて行く。私はボッと顔が熱くなった。湯気が出そう。
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