【私は今日も癒やしの『喫茶MOON』に通う】

第56話 思い出の喫茶『MOON』に

 東雲菓子店で働けることになった私は派遣の仕事を辞めたので、派遣先のお弁当屋さんの配達の仕事は全て終わりになった。
 白鳥さんに仕事の引き継ぎもしたし、これでようやく長倉さん母娘《おやこ》を喫茶『MOON』に連れて行ってあげられることが出来る。
 長倉さん母娘に話したら、ぜひお願いしたいと言ってもらえた。
 私のムズムズお節介の虫も報われるよ。
 瑠衣との電話も弾んだ声になる。

「じゃあ、明日よろしくね。長谷地くんにもよろしくって伝えといてね」
「はいは〜い。千代子も今度マルさん連れてうちに来てよ。素麺か冷やし中華パーティーしようよ」
「ふふっ。良いね、パーティーか〜。それじゃあ、スイカと手持ち花火でも持って行くよ」
「うんうん。私は花火が出来るとこ、探しとく」

 瑠衣は長谷地くんと同棲を始めていて、ハッピーオーラが全開だった。

「そういや、貴教さんと克己さんが喫茶『MOON』を貸し切りにしてくれるって言ってたのに、断って良かったわけ?」
「うーん。小夜さんがね、あぁ、長倉さんの娘さんがそこまでしてもらえないって遠慮して。あと、思い出の中の喫茶『MOON』はいつも混んでるから同じ雰囲気の方が浸れるって言っててね」
「まぁ、ご本人がそう言うなら」

 私はなるべく長倉さん母娘がのんびりと楽しく過ごしてくれたらなと願っていた。
 明日は土曜日。
 マルさんとは一昨日《おととい》少し会えたから、寂しくない。……嘘。ちょこっと寂しい。
 毎日電話もメールもくれるし、これ以上望んだら贅沢ってもんだよね。バチが当たる。

『こんばんは。元気かな?』
『こんばんは。元気です。マルさん、頑張りすぎないで下さいね』

 簡単な生存報告みたいな内容だけど、締めくくりは『早くチョコちゃんに会いたい』ってマルさんが言ってくれる。その一言が私は嬉しかった。
 マルさんとやっと両想いになれたんだもの。
 もっと余裕を持たなくっちゃ。
 本当《ホント》はもっと会いたいけど。
 そりゃあ、会えるものなら会って、マルさんのそばにいたいけれどね。

 う〜ん、寂しくなっちゃうよ。
 だめだめ、我慢も必要だよね。
 もう大人なんだもの。私は子供じゃない。少しは成長した恋愛をしないと。
 学生の時の恋愛はただ情熱で突っ走っていた気がする。
 会いたい時に会いたいって言って、良いって言われたら、会いに行っちゃう。
 今はマルさんが大変なのが分かるから、無理をさせて体を壊さないように気遣いをしたい。
 相手を思いやれるようにちょっとはなれたなら、昔の失敗した恋愛から学べたと言えるのではないかな……と、理論的に考えて、会いたいって気持ちと寂しさを抑えよう。

 私は明日の段取りを考えながら、眠りに就いた。
 スカートよりパンツスタイルの方が動きやすいだろうからと、洋服のコーディネートもバッチリだった。


    ✱


 土曜日の朝は快晴。
 七月に入って、梅雨明けは間近と思えば雨が続く日もあった。
 今日が雲一つなく晴れていて、良かった。
 でも、天気予報によると午後には夕立ちがあるみたいで。雷雨の前には長倉さん母娘をお家に連れて帰らなくてはね。
 雨に濡れて風邪なんかになったら大変だもん。

 瑠衣と長谷地くんが車で来てくれて、長倉さん母娘を迎えに行った。長谷地くんの車は車椅子対応の車だから、セットすれば電動リフトで車椅子のまま車内に乗れるのはとても良かった。
 長谷地くんは手慣れた感じで、長倉さんに「大丈夫ですか? 体が痛くありませんか?」と声がけをしていて、優しい人柄が素敵だなと思った。
 瑠衣のことも大事にしてくれてる。普段はほわっとした印象だけど、頼りになる人を瑠衣は彼氏に選んだなって、友達として安心した。
 瑠衣もわりと恋が長続きしてこなかったけど、長谷地くんとは相性がぴったりみたい。
 きっと二人は仲良く永く付き合えると思うよ。


 喫茶『MOON』には20分ぐらいで着いたかな。
 お店の前の駐車場を克己さんと貴教さんが空けておいてくれてる。
 到着して私がお店の扉を押さえて、奈津子さんの乗った車椅子を瑠衣が押して入る。後から小夜さんと長谷地くんが入ると、喫茶店の制服姿の凛々しい克己さんと貴教さんが現れた。
 まだ働く時間じゃないだろうに、克己さんもお出迎えしてくれてる。

「いらっしゃいませ」
「予約《リザーブ》席にどうぞ」
「「こんにちは〜」」

 貴教さんの案内に続いて席に進むと、背後から克己さんに肩をつっつかれた。

「チョコちゃん、マルさん来てるよ」
「えっ? ほんと?」

 そういや、マルさんにはお弁当屋さんで知り合った母娘を喫茶『MOON』に連れて行きたいって話はしてたけれど、詳しい日にちとかは言ってなかった。
 せっかくだもの。長倉さん母娘も私の恋を応援してくれてた。マルさんを彼氏として紹介しようかなって思った。

「マルさん!」
「……」

 ――んっ?
 私はこういう時には、驚くほど勘が鋭かった。

 変な気分になった。
 ぐらっと視界が揺れてる気すらする。

 マルさんは午後出勤だって言ってたよね? 仕事に行く前にランチを食べに来たの?

 いつもの席に座っていたマルさんは立ち上がり、こちらを見ている。
 そう――。
 私達に気づいたマルさんはこちらを見ているけれど。
 マルさんが息を呑み驚いた顔で、じっと見ている先は…………。
 それは、その視線の先にいるのは、私じゃない。
 私じゃなかった。
 マルさんが真っ直ぐに見つめるのは。

「政宗くん」
「――小夜。どうして」

 一瞬で。

 充分だった。
 私は気づいちゃった。

 そっか、そうなんだ。
 小夜さんがマルさんの……。
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