水曜日の黒猫
 あまりにも真剣に思考にふけっていたせいか、呼びかけられている事にさえ気づかなかった。


 「月“るな”」


 「……!」


 淡く優しい響きで名前を呼ばれたから、反応ができなかった。


 心が追いつかない。

 “名前”――知ってる……あの日に、名乗ったんだろう。でもそこの記憶も朧気。霧の森をランプたずさえて歩き回る――後は、一体何が足りないんだろう?
  


 「言葉の魔法はもう、解けはじめてる」


  それは鮮やかに心へ、月の海を描く。

  それ以上はまた答えず、キャンディに付けるラベルだろうか。心地よいペンを走らせる音だけが響き、それを瓶に貼る。



  その音すら“魔法”に思える。


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