【コミカライズ企画進行中】捨てられ聖女は働かないっ!〜追放されたので念願のスローライフはじめます〜
 治癒師(ヒーラー)になれば、母のように流行病にかかった人を助けられるかもしれない。
 私にそんな力があるのなら、使いこなせるようになりたい。
 思えばこの時が、私の人生の中で一番だったのかもしれない。

 その頃の私は、回復魔法の勉強と孤児院の仕事に追われていて、世情にはかなり疎かった。それでも、魔王が世間を騒がせている事は知っていた。
 魔王を筆頭に多くの魔族の手によって、人間がさらわれ、蹂躙され、様々なものが略奪されていく。魔王が操る濃い邪気に当てられたモンスターがダンジョンを出て、人間の世界で暴れまわる。
 そんな時代に求められていたのは、その世界を終わらせられる勇者の存在だった。
 だから、本来高額な魔力判定は広く市民にまで無料で開かれていて、孤児であった私でもすぐさま受けることができたのだった。
 魔力判定の結果は、私の思いがけないものだった。
 判定用の水晶が、あたり一帯を覆い尽くすほどのまばゆい光。
 
『聖女様だ』

 誰が一番先にそう叫んだのかはわからない。でも私は、その日から聖女になってしまった。

 聖女と言うものが何をするものなのかわからなかった。
 それでも私にできることがあるなら、頑張ろうと誓ったあの日の気持ちは嘘ではなかったはずなのに、今の私にはもう何も残っていない。

『シア、いいの。これでいいの』

 そう言って笑う母のように誰かの求めに応えられるだけの気持ちなんて、もう微塵も私の中には残っていなかった。

**********

 硬いベッドの上で、窓から入る月明かりに照らされながら、眠っているシアの目から涙がこぼれ落ちた。
 闇に紛れて、気配を消してそっとシアの側にやってきたアルは、その涙を拭い彼女の頬を優しく撫でる。

「……ねぇ、シア。泣かないで」

 あんなに優しくて、よく笑っていたシア。誰が一体、彼女の心をここまで傷つけたのか。
 それを思うとアルは怒りとともに、その相手を殺してやりたくなる。だけどそれをしても、きっとシアは喜ばない。

「大丈夫だよ。シアは、シアのままでいいんだ」

 シアがやりたい事を叶えられたなら、その時はまた、彼女はあんな風に屈託なく笑ってくれるだろうか?

「……俺がきっと君の願いを叶えてあげるから」

 だからどうか、疲れきった彼女を癒して安らかな夢が見られますように。
 アルはそう願って、彼女の髪をそっと撫でた。
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