【コミカライズ企画進行中】捨てられ聖女は働かないっ!〜追放されたので念願のスローライフはじめます〜
「俺は、俺の聖女が笑っていてくれたらそれだけで充分だよ」

 アルはそう言って静かに微笑む。その笑顔に見惚れながら、また誤魔化されたと私は内心でため息をついた。
 アルの紅茶色の瞳を見ながら、私は真剣に伝える。

「ねぇ、アル。私があなたの聖女なのだとしたら、聖女として何かして欲しいことがあるんじゃないの? アルのためなら、まあ、聖女の力を使っても構わないけれど」

 あの夜からアルは時々私の事を"俺の聖女"と呼ぶから、アルもきっと聖女の力を必要としているのだと思っていた。
 それなのに今も私ばかりが一方的にもらってばかりで、彼は一度だって聖女《わたし》に自分の望みを願わないし祈らない。

「んーじゃあ、催しの実行委員楽しんで。沢山色んな人と交流して、シアがシアらしくやりたいと思うとおりに行動してよ」

「……それは、全然聖女関係ない」

「シアが楽しいと俺も嬉しい」

 そう言って笑う紅茶色の瞳は柔らかく暖かい熱を帯びていて、そんなアルのセリフに照れた私は顔が赤くなりそうになって、慌てて手を離して目を逸らした。

「守ってあげるって言ったのに私、全然役に立たないわね」

 聖女として働かないと公言しているのに、アルに聖女として求められたいなんて矛盾していると思う。
 だけどアルに優しくされるたび、何かしなければと落ち着かないのだ。
 事情をこれ以上聞かないと言った手前アルがいう"俺の聖女"が指す意味もわからないままで、私とアルの関係を示す明確な言葉が存在しないから。
 
「んーそんな事もないんだけど」

 アルはそっぽを向いた私を見ながら、ホットミルクを口にする。

「例えば、コレとか」

 と、ホットミルクを指でさす。

「知ってる? 聖女様が祈りながら手ずから用意したものには神気が宿るんだ」

「神気?」

 聞いた事のない話に私は首を傾げる。

「ヒトには影響がないからね。まぁでも魔族にとってはそれは甘いお菓子のようなもので、なくても困らないけれどあるとすごく嬉しいもの、かな?」

「……味が変わるとか?」

「まぁ、味というより能力付与かな? いつも以上に少ない魔力で最大値以上の力が出せたり、疲労が蓄積しにくくなる」

「そうなの?」

 私はびっくりして自分の指に視線を落とす。

「神気は魔族にとってご馳走だからね。俺の傷の治りが早いのもそう言う事。ちゃんと貰ってるから、大丈夫だよ」

「でも私、特に何か考えたり魔法唱えたりもしてないけど?」

「シアは歴代の聖女の中でも特に力が強いから勝手に宿るんだよ。むしろ、何も考えてないくらいが丁度いいよ」

 だから教えなかったんだけど、とアルはだいぶ温くなったホットミルクを飲み干してそう言った。

「ん? じゃあなんで教えたの?」

「シアが難しい顔してたから」

 アルがトンっと人差し指で私の額に触れる。

「何よ? 眉間にシワが寄ってるって?」

 やや喧嘩ごしに私がそう言うとアルはクスッと笑って、身を乗り出しあっと思う間もなく私の額に口付けた。

「なっ!?」

 私は目を見開いてアルの唇が触れた箇所に手をやる。

「可愛い顔が台無しだよ。明日も早いんでしょ? そろそろ寝なよ」

 動揺する私を他所に何も無かったかのように、アルはにこにこと笑ってそう言った。
 アルの意図が全く分からないが、私だけが掻き乱されて、まるで小さな子どものようにあしらわれるのが悔しくて。

「もう! 寝るわ」

 私は自分の分のコップを片づけて、リビングを後にする。
 うるさくなった心臓に、落ち着けと言い聞かせながら自室のドアを乱暴に閉めた。
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