【コミカライズ企画進行中】捨てられ聖女は働かないっ!〜追放されたので念願のスローライフはじめます〜
「私、子どもの頃にアルに会ったことがあるのね」
こんな風にふらりと家を抜け出した夜にしか会えないそのヒトは、いつも月光を避ける様に黒い布をかぶっていて、どこかとても寂しそうだった。
そして、私が彼をひどく傷つけて、彼は私の前からいなくなった。
でも、思い出せるのはそのくらいで、詳細を思い出そうとするとモヤがかかったように記憶が塗りつぶされてしまう。
「痛いの、痛いの、飛んでいけ」
気休め程度だけど、効くといいなとアルの額に口付けた私は、カーディガンをアルの頭から被せる。
遮光性が乏しいカーディガンでは大したガードにはならないけれど、ちょっとでも苦痛を取り除いてあげたくて、月明かりを遮れるように私はアルを抱きしめて影を作る。
「……嫌った事なんて、一度もないわ」
「震えてる。無理しなくていいよ。怖がったって、嫌ったっていいんだ。魔族は、人にとってそういう存在だから」
おまじないが効いたのか、それとも無理をしているのか、肩で息をしなくなったアルは囁くようにそう言葉を紡ぐ。
「魔族全般なんて知らないわ。でも、アルは怖くない」
「声が泣きそうだよ? ごめんね、シア。俺はもう、大丈夫だから、先にお家にお帰り」
きっと今素直に帰ったら、もう2度とアルはウチに帰って来ない。
私の直感がそう告げる。
「……アルが、好きよ。怖くなんてないわ。だから、一緒に帰りましょう」
「ふふ、ありがとう。俺の聖女にそう言ってもらえて光栄だ」
言葉ではそう言ってくれたけれど、アルに全く伝わっていないのも、彼に帰る気がないのも分かる。
明日がある保証なんてないのだと察した私は、アルを抱きしめていた腕をほどき、アルの顔を覗き込む。
「私が怖いのは、ひとりぼっちになる事だよ」
私と視線があった真っ赤な瞳のアルはゆっくり目を瞬かせる。私は血がついていた口元をハンカチでそっと拭ってあげた。
「全部は思い出せないんだけど、でも私はずっとあなたに謝りたかったんだと思う。ひどいことを言ってごめんなさいって。そして仲直りしたかったの」
許してくれる? と尋ねた私にアルは静かに微笑んで頷く。
「ねぇ、アル。釣り大会楽しみね。冷凍庫付き冷蔵庫ももうすぐ手に入るし、カフェメニュー新しいの考えなきゃね。もうすぐ、子ヤギも生まれそうなんだって。見に行きたいわ。農場は新しい作物にチャレンジするみたい。苗植え手伝う約束をしたの。町の人とも随分お話しできるようになったわ。全部アルのおかげよ」
私はアルへの感謝の気持ちを込めて言葉を紡ぐ。
「私はこれからもここであなたとそんな風に過ごしたい。アルが、怪我をしたら治してあげる。追われているなら、相手を蹴散らしてあげる。私はもう守られるだけの子どもじゃないの。アルの事は私が守ってあげるから」
このヒトを助けたいと心から願う。
「……どこにも、行かないで」
それなのに、私は呪いの様に引き留める言葉を口にする。
「……昔は、怖がって泣いてただけだったのに、大きくなっちゃったなぁ」
苦笑する様にそう漏らしたアルは、地面に座り直して片手を伸ばして私の頬に触れ涙を拭う。
「満月の夜は魔力が制御できなくて、こんな姿になるし、俺は見た通り追われている」
と静かに話し始めた。
「俺を側に置くと、シアもああいうのに目をつけられる。本当はね、聖女の神気は魔族にとってご馳走なんだ。俺たち魔族はそれを食い荒らしたくてしかたない」
アルは冷たい声で、淡々と言葉を紡いで、
「神気は聖女が手ずから用意したものにだけ宿るものじゃない。聖女の中にそれはあって、例えば口移しなんかで効率的に神気の摂取が可能なんだけど、シアは俺にそれをくれる?」
意地悪気に口角をあげ、私を突き放す様にそう言った。
できないだろ? っとアルの目がそう語る。ふっと嘲笑気味に笑ったアルは、私から目を逸らした。
「俺も結局君を聖女として利用しているに過ぎない。優しい魔族なんて幻想だ。分かったら」
私はアルの言葉を遮って、アルの唇に自分のそれを重ねてその先の言葉ごと飲み込ませた。
「まだ、必要?」
驚いたまま固まって私の方を凝視するアルに、私はそう尋ねて笑う。
「シアっ、何やって」
「要は人工呼吸と一緒でしょ? 孤児院で応急処置は習ったから私でもできる。アルって、嘘つく時目逸らすよね。あ、でも神気の話は本当っぽいね。怪我治ってる」
私はアルの頭からズレたカーディガンを被せ直して、
「神気分けたらお家に帰ってくれるんでしょ? とりあえず今日は帰ろうよ」
大きな満月に背を向けて、アルの手を取りそう言った。
こんな風にふらりと家を抜け出した夜にしか会えないそのヒトは、いつも月光を避ける様に黒い布をかぶっていて、どこかとても寂しそうだった。
そして、私が彼をひどく傷つけて、彼は私の前からいなくなった。
でも、思い出せるのはそのくらいで、詳細を思い出そうとするとモヤがかかったように記憶が塗りつぶされてしまう。
「痛いの、痛いの、飛んでいけ」
気休め程度だけど、効くといいなとアルの額に口付けた私は、カーディガンをアルの頭から被せる。
遮光性が乏しいカーディガンでは大したガードにはならないけれど、ちょっとでも苦痛を取り除いてあげたくて、月明かりを遮れるように私はアルを抱きしめて影を作る。
「……嫌った事なんて、一度もないわ」
「震えてる。無理しなくていいよ。怖がったって、嫌ったっていいんだ。魔族は、人にとってそういう存在だから」
おまじないが効いたのか、それとも無理をしているのか、肩で息をしなくなったアルは囁くようにそう言葉を紡ぐ。
「魔族全般なんて知らないわ。でも、アルは怖くない」
「声が泣きそうだよ? ごめんね、シア。俺はもう、大丈夫だから、先にお家にお帰り」
きっと今素直に帰ったら、もう2度とアルはウチに帰って来ない。
私の直感がそう告げる。
「……アルが、好きよ。怖くなんてないわ。だから、一緒に帰りましょう」
「ふふ、ありがとう。俺の聖女にそう言ってもらえて光栄だ」
言葉ではそう言ってくれたけれど、アルに全く伝わっていないのも、彼に帰る気がないのも分かる。
明日がある保証なんてないのだと察した私は、アルを抱きしめていた腕をほどき、アルの顔を覗き込む。
「私が怖いのは、ひとりぼっちになる事だよ」
私と視線があった真っ赤な瞳のアルはゆっくり目を瞬かせる。私は血がついていた口元をハンカチでそっと拭ってあげた。
「全部は思い出せないんだけど、でも私はずっとあなたに謝りたかったんだと思う。ひどいことを言ってごめんなさいって。そして仲直りしたかったの」
許してくれる? と尋ねた私にアルは静かに微笑んで頷く。
「ねぇ、アル。釣り大会楽しみね。冷凍庫付き冷蔵庫ももうすぐ手に入るし、カフェメニュー新しいの考えなきゃね。もうすぐ、子ヤギも生まれそうなんだって。見に行きたいわ。農場は新しい作物にチャレンジするみたい。苗植え手伝う約束をしたの。町の人とも随分お話しできるようになったわ。全部アルのおかげよ」
私はアルへの感謝の気持ちを込めて言葉を紡ぐ。
「私はこれからもここであなたとそんな風に過ごしたい。アルが、怪我をしたら治してあげる。追われているなら、相手を蹴散らしてあげる。私はもう守られるだけの子どもじゃないの。アルの事は私が守ってあげるから」
このヒトを助けたいと心から願う。
「……どこにも、行かないで」
それなのに、私は呪いの様に引き留める言葉を口にする。
「……昔は、怖がって泣いてただけだったのに、大きくなっちゃったなぁ」
苦笑する様にそう漏らしたアルは、地面に座り直して片手を伸ばして私の頬に触れ涙を拭う。
「満月の夜は魔力が制御できなくて、こんな姿になるし、俺は見た通り追われている」
と静かに話し始めた。
「俺を側に置くと、シアもああいうのに目をつけられる。本当はね、聖女の神気は魔族にとってご馳走なんだ。俺たち魔族はそれを食い荒らしたくてしかたない」
アルは冷たい声で、淡々と言葉を紡いで、
「神気は聖女が手ずから用意したものにだけ宿るものじゃない。聖女の中にそれはあって、例えば口移しなんかで効率的に神気の摂取が可能なんだけど、シアは俺にそれをくれる?」
意地悪気に口角をあげ、私を突き放す様にそう言った。
できないだろ? っとアルの目がそう語る。ふっと嘲笑気味に笑ったアルは、私から目を逸らした。
「俺も結局君を聖女として利用しているに過ぎない。優しい魔族なんて幻想だ。分かったら」
私はアルの言葉を遮って、アルの唇に自分のそれを重ねてその先の言葉ごと飲み込ませた。
「まだ、必要?」
驚いたまま固まって私の方を凝視するアルに、私はそう尋ねて笑う。
「シアっ、何やって」
「要は人工呼吸と一緒でしょ? 孤児院で応急処置は習ったから私でもできる。アルって、嘘つく時目逸らすよね。あ、でも神気の話は本当っぽいね。怪我治ってる」
私はアルの頭からズレたカーディガンを被せ直して、
「神気分けたらお家に帰ってくれるんでしょ? とりあえず今日は帰ろうよ」
大きな満月に背を向けて、アルの手を取りそう言った。