【コミカライズ企画進行中】捨てられ聖女は働かないっ!〜追放されたので念願のスローライフはじめます〜
「保護者ポジション気取るのもいいけど、アル様は一体どなたならセリシア様を任せてもいいとお考えで? むしろそれだけ甘やかしておいて、今更渡せます?」

 シェイナに問われてアルは固まる。シアが婚約していたと聞いたときの動揺ぶりは正直自分でもどうかしていると思うレベルで、勇者にでも渡してしまおうかと思っていたはずなのに、いざとなるとその姿を見たくないとも思ってしまう。
 あの晩、シアから触れられた唇の熱を思い出す。シアにとっては他意はなく、本当に人助けぐらいの気持ちなのだろうけれど、今更アレくらいのことで動じるとは正直自分でも思わなかった。
 相手がシアでなかったなら、多分何の感情も湧かなかったし、アレさえなければあのままシアの前から消えるつもりだったのに。

(キスできるか、なんて煽るんじゃなかった)

 シアと口付けを交わしてしまったせいで、想像してしまった。小さかったシアはもう子どもなんかではなく、自分が手を離してしまったその先で、誰かと笑い合い、相手を思う感情を伴ってキスもそれ以上もするだろうシアの姿を。
 人の中で幸せを見つけて欲しいと思っていたはずなのに、それを良かったと言ってやれる自信がない。

「これは経験論ですけどね、大事なものは捕まえておいた方がいいですよ。じゃないと掻っ攫われるのなんて一瞬です」

「掻っ攫われたんだ?」

「いいえ〜こっちから捨ててやったんです。人が仕事に邁進してる間に他に目移りする男なんて願い下げですねぇ」

「ははっ、ギルドマスターかっこいい」

「それほどでもありますねー」

 お代は日替わりランチでいいですよなんて言われ、アルはデザートもつけちゃおうと笑う。

(とはいえまぁ、現状は様子見だなぁ)

 シアがどの程度昔のことを思い出してしまったのかもわからないし、自分の事情に巻き込みたくない気持ちも強い。
 全部を飲み込んで、側に置く覚悟も今はまだ持てない。
 こんな体たらく先代聖女が見たら腹を抱えて指差しながら笑うに違いない。

『ほらね、私の言ったとおりじゃない』と。

 シアに振り回される日が来るなんて、アルとしては想定外でしかないのだが、そんな彼女の側にもう少しいたいと思う自分もいる。
 こんな感情を持つようになるなんて考えもしなかったなと、先代聖女の顔を思い浮かべてアルは苦笑した。
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