【コミカライズ企画進行中】捨てられ聖女は働かないっ!〜追放されたので念願のスローライフはじめます〜
「私たち人間だって、そうでしょう?」

 すべての人間が、清廉で潔白で、不正をすることもなく、誰かを思いやって、奪うことも欲を出すこともなく生きていたのだとしたら、私の母が流行病で死ぬことも、このラスティが最果てとして見捨てられることもなく、聖女が使い潰されて、やさぐれることもなかっただろう。

「カテゴリーで括ることに、一体何の意味があるというの?」

 私は魔族だからアルが大事なのではない。アルだから大事だし、好きになったのだと思う。

「私は、私の目で見て、私が信じたいと思うものを信じて守るの。だから、聖女なんてもうやらない」

 私を捨てた国のために生きるなんて、絶対ごめんだわ。だってもう、倒すべき魔王はいないのだから。
 義務を果たしたその先で、聖女(わたし)が何をしたって自由でしょ?
 私はここに来てからの日々を思って、心から笑った。

「……シアは、今楽しい?」

 そんな私を見て、ラウルは複雑そうな表情を浮かべる。
 まぁ、一緒にいる相手が魔族なら当然かと苦笑して、私は楽しいよと言い切った。

『セリシア様の理想のスローライフを見つけてみてください』

 シェイナにそう言われた日から、私は自分がどんな風に生きていきたいのか、ずっと探している。
 そして最近、アルを見ていて思うのだ。

「冷凍庫来たらアルとアイスクリームを作るの。超楽しみ」

 アルと並んであの小さなキッチンで料理をする時間が好き。
 食卓に並べる食器が2人分なのが、すごく嬉しい。
 アルが私の淹れた飲み物を飲む瞬間、ほっとしたような顔を見ると心が温まる。
 そんな風に日常の中で楽しみを見つけて、好きな人と一緒に笑いながら好きな事をして過ごす。
 ふとした瞬間に目が合って、触れた指先に温もりを感じる。
 その全部が愛おしく、一欠片すら失くしたくない。
 そんな大切な時間を積み重ねて行く事が、私にとって理想のスローライフなんじゃないかなと、最近そんな事を考える。
 だから、それを失くさないための努力をしたい。
 差し当たっては、というか一番の問題はどうやってアルに振り向いてもらうか、なんだけど。

「とりあえず、枯毒竜は狩って毒消ししたし、解体して核と魔石持ち帰って解析かけるんでしょ? 討伐ならそれこそ勇者様(ノエル)の専門じゃない。私も釣り大会参加して来ていい? 賞品欲しいし」

 冷凍庫付き冷蔵庫はこの依頼の報酬で貰えるし、今からでも間に合うならアルとのデート券が欲しい。というよりも他の誰かとデートをするアルを見たくない。

「まぁ、シアへの依頼は一旦終わりだけど、本当に行くの? 今から参加じゃ上位は無理じゃない?」

「せっかく準備から頑張ったんだもん。実行委員としては当日の様子も見なきゃね」

 まぁ、もしかしたら大物釣って一発逆転もあるかもだし、と笑って踵を返して歩き出した私達の背後で、何かが這う音がした。

「シアっ!!」

 気づいた時には手遅れで、ラウルが私を呼んだ叫び声が聞こえた次の瞬間には、私は水底に引きずり込まれていた。
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