【コミカライズ企画進行中】捨てられ聖女は働かないっ!〜追放されたので念願のスローライフはじめます〜

29.その聖女、思い出す。

 水の中で、私を捕えるそれと対峙する。どうやらこの湖に住み着く枯毒竜は他にもいたようだ。ノエルがすでに個体を確認していたのだから、もっと警戒しておくべきだった。
 こんなことになるなんて、ラスティに来て以降ダンジョンすら潜ったことがない私は随分気が緩んでいたらしい。
 後悔してももう遅い。私は今、狩る側から狩られる側になったのだ。
 パニックにならないように、私は冷静に状況を確認する。
 念の為自分に対して防毒の魔法を事前にかけておいたし、先程周辺全部を浄化したから毒でやられる心配はないだろうが、足にガッツリ巻き付いた尻尾は私を離してくれる気はないようだ。
 ノエルなら水中だろうが関係なく一撃で仕留めてしまうのだろうが、私の銃は水中では意味をなさない。
 ラウルの魔法もここまで深く潜られてしまえば枯毒竜を討つことはできない。
 陸上戦であれだけ手間取ったのだ。元々水辺の魔物である枯毒竜に自分のフィールドに引きずり込まれて勝ち目などあるはずもない。

(何より、もう息が……)

 足の締め付けが一層キツくなり、私は痛みで貴重な空気を吐き出した。
 できる事が少ない中、私は覚悟を決める。

(足を落とそう)

 逃げる手段として、自らの足を差し出す事に決めた。現物があれば回復魔法で、元通りに修復する事ができるが、枯毒竜の体内に収まってしまえば回収は不可能だろう。
 そうでなくてもきっと取りに戻ることはできないだろうけど。
 足を切り落として、治癒魔法で出血と痛みを止めれば、かろうじて泳いで陸まで上がれるかもしれない。
 それでも、僅かな可能性しかないが、やらなければこのまま死ぬだけだ。
 私を睨むギョロリと光る目と牙が見える。仲間を殺されたのだ。相当お怒りのことだろう。
 私は銃を握りしめ、自分の足に当てる。ゼロ距離で最大出力の攻撃特化魔法を組めば、水中でも足くらいは吹き飛ばせるだろう。
 銃はいい。引き金を引くだけで、躊躇うことなく威力を発揮できるから。

(……アル、ごめんね)

 私もアルと2人で歩いてデートしてみたかったな、なんてどうしようもない未練を笑い飛ばして引き金を引こうとした時、私の目の前が赤く染まった。
 目に入ったのは、沢山飛び散る赤とたった一つの黒。
 圧倒的なまでの強さで蹂躙するその様が、思い出せない記憶の部分と重なった。
 私を捕らえていた拘束が解かれた瞬間、ごほっと私の中に残っていた、空気が泡となって上がっていった。
 その泡を見ながら、私の意識は途切れた。
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