【コミカライズ企画進行中】捨てられ聖女は働かないっ!〜追放されたので念願のスローライフはじめます〜
 シアと何度も私を呼ぶ声がする。
 ゆっくりと浮上した意識で、重たい瞼を無理矢理こじ開けて、私は私を覗き込む紅茶色の瞳をぼんやりと捉えた。

「……ア……ル」

 酷く喉が痛くて、まともに声が出せなかった。

「んの、バカっ!!」

 耳が痛くなるほど大きな声で、簡潔に叱られた。
 黒髪から滴り落ちる雫が私の頬を濡らす。

「人間なんか、たった100年も生きないような短命で、水中でまともに動くことさえできない脆弱な存在のくせにっ」

 普段私が何をしても声を荒げることなど絶対になかったアルが、本気で怒っている。

「死んだら、生き返らないんだ。そもそも、シアにはシアを超える回復魔法をかけられる奴も居ない」

 ああ、違う。怒っているんじゃない。

「人間なんて、簡単に死んでしまうくせに。無茶ばかりして」

 心配してくれているのだ。

「……また、間に合わなかったかと思った」

 かろうじて聞き取れたつぶやきは、消えてしまいそうなくらい儚くて、泣き出しそうな声だった。
 私はどうにか笑ってみせようとして失敗し、何度も咳き込みながらアルになんとか手を伸ばす。

「……アル」

 今度は掠れながらも出せた声で彼を呼ぶ。

「私、生きてる……から」

 思い出した光景は、(アル)を中心に飛び散る沢山の(いのち)
 あの時も、アルは私を助けるために、その圧倒的な力で暴力的に、沢山の命を蹴散らした。
 私が、アルにそうさせてしまったのだ。
 それなのに、私だけが忘れて、彼は今もその代償を払い続けている。

「あの時も、今も、私は生きてるから」

 もしも、私が聖女なんかじゃなかったら、きっと出会うことすらなかったし、アルが私のために沢山の命を蹴散らすことはなかったのだろう。
 どれだけ後悔を募らせても罪悪感を抱いても過去を変える事はできない。なら、きっと私だけが楽になるための謝罪はしてはいけないと思う。

「守って、くれて……ありがとう」

 代わりに私はやっと気づいた事実に感謝する。
 ああ、私は確かに"彼の聖女"なのだろう。きっと、アルに助けられたあの日から、私はもうアルのモノだったのだと私は働かない頭でぼんやりとそんなことを考える。
 私の中に渦巻くアルに対する感情は、私の潜在意識の中に残っていた、子どもの頃の罪悪感と盲信的な信頼に起因する妄執なのかもしれない。
 それでも、今ここにいて私を心配してくれるアルの事がどうしようもなく愛おしい。

(明日があるなんて保証はないって、この前気づいたのに、私はなんて学習能力がないのかしら?)

 後悔をなくす事はできないのかもしれない。だけど、なるべく少なくできるように生きたいと思った。

(長期戦とか、絶対無理)

 落ち着いたら、思い出した事も含めて全部アルと話そう。
 私はそう決めてゆっくり体を起こした。
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