【コミカライズ企画進行中】捨てられ聖女は働かないっ!〜追放されたので念願のスローライフはじめます〜
「……先代聖女を、殺したのか?」

 ラウルはアルの表情の変化を見ながら、静かに尋ねる。

「シアは、随分アンタに懐いているように見えた」

 同族から奪った魔力が残っているわけでもなく、瘴気から得たわけでも、人を喰らったわけでもないのなら、その魔力の供給者はシアなのではないかとラウルは思う。

「大事に、大事に、護って、育てて、そして最期は自らの手で手折るのか? まるで、農作物でも収穫するかのように」

 ラウルは真意を確かめるようにアルと対峙する。

「そうやって手懐けて、シアの聖女の力を奪って殺すのか? 先代聖女を殺したように」

 強く非難するような視線を浴びながら、アルはふっと表情を緩めて笑う。

「俺は、俺の聖女を傷つけない」

『ねぇ、アル。この子の事、お願いね』

 微笑みながら呪いのように自分に誓約魔法をかけた先代聖女の最期の言葉が、今でも耳の奥で木霊する。

「……托卵」

「は?」

「俺がシアを殺す事はないし、誰にも殺させない。シアは俺の聖女だから」

 アルは先代聖女を思い浮かべながらそう言って、静かに微笑んだ。

「……魔ノ国が、荒れてもそう言えるのか?」

 ラウルは手帳を取り出しペラペラとめくる。

「枯毒竜だけじゃない。今までこちらでは見られなかったはずの魔物や魔獣の個体が確認されている。それに、魔ノ国を取り巻く瘴気の濃度が年々高くなっている。魔物たちの生息地の移動とそれは、無関係じゃないだろう」

「昨今の若者はホント勤勉だねぇ。この国の王子もそれだけ賢かったらシアを追放なんてしなかっただろうに」

「……あれは、僕がそうさせたんだ。王子好みの野心家の女を引き合わせ、シアに不満を持ってた教会の人間を嗾しかけて。考えなしの王子にシアはもったいないし、この国の中央にシアがいたら、きっとこの国はダメになるから」

 ラウルの言葉に紅茶色の瞳は驚いたように見開く。それを見て少し表情を崩したラウルは今までとは違い、優しい口調で言葉を紡ぐ。

「人間は、不自由しないと成長しない生き物なんだ。聖女(シア)の力を濫用しつづけたら、あっという間に他の治癒師の回復魔法や医療技術、聖職者の神聖力が廃れる。シアがいる間はいいかもしれない。でも、シアが死んだ後は? すぐに廃れてしまった技術や失われた魔法を取り戻すことなんてできない。たった5年で、シアの穴埋めができなくなるほど頼りきっていたんだ。いつ生まれるかも分からない聖女の誕生を祈り続けている間に国が滅ぶよ」

 人は誘惑に弱く、欲深い。
 一度その力に魅了されてしまえば、聖女の力が有益で金を無尽蔵に生み出すと知ってしまえば、目先の事しか考えなくなる。
 どれほど進言しても無駄だった。だから少々強引な手段に出た。
 国のためにも、大事な妹分のためにも、これ以上聖女が道具のように使い潰されて行く様を黙って見ているわけにはいかなかったのだ。
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