【コミカライズ企画進行中】捨てられ聖女は働かないっ!〜追放されたので念願のスローライフはじめます〜
「まともな人間もいるようで安心したよ」

 アルはそう笑って頷くと、魔ノ国の方を見る。

「枯毒竜は魔ノ国では下位種族だ。濃すぎる瘴気の中では生きられない。他も、そうして管理者がいなくなったあの国から逃げ出したんだろう」

 魔ノ国の異変にはアル自身も気づいていた。気づきながら玉座を追われた身ではどうすることもできなかった。

「玉座が埋まれば、瘴気が落ち着くはずなんだけど。落ち着かないところを見るに、未だ空席なんだろう。まぁ、君らが討伐した魔王みたいな無能が座っても意味ないけど」

「その無能に玉座を追われたくせに。ちなみに落ち着かなかったらどうなるんだい?」

「まぁ、油断してたのは確かだけど、俺にも事情があってね」

 そう言ったアルは、ラウルの知りたかった答えを紡ぐ。
 
「魔族も個体差はあれど、瘴気に対して許容できる限界がある。それ以上は毒で、過剰摂取し続ければ理性を失う。だから、そうなる前に逃げ出そうとして領域を越えてくるか、留まって理性を失くし、誰彼構わず襲うようになるか、だろうな」

 息を飲み拳を握るラウルに苦笑したアルは、自身の指先に視線を落とす。
 ラウルの魔法を強引に壊したとき破れてしまった手袋の代わりに、シアがくれた黒い革手袋。名前を入れてくれたとき、無意識に入ったのだろうが、これにはシアの神気が微かに宿っている。

「けど、そうはならないから。遠くない先、必ず瘴気は落ち着く」

 だから、勇者や大賢者や聖女の出番はないとアルは言い切る。

「なんでそう言い切れる?」

「俺がシアを行かせたくないから」

 神気の宿った革手袋を軽く握り、シアの顔を思い浮かべて微かに笑う。

「俺の聖女はスローライフをご所望で、聖女として働かないそうなので」

 枯毒竜にシアが水底へ引きずり込まれた時、心臓が止まるかと思った。あんな思いは二度とごめんだ。
 だから、そろそろシアとのこの名前のない関係を終わらせて、自分の本来在るべき場所に戻らないといけない。きっともうすぐ、自分の居所も割れるはずだから、迷っていた手を離すタイミングとしてはいい頃合いだ。

「シアはこれから先もここでそうやって生きていくから。だから、たまには顔を見せてやってよ。シアが寂しくないように」
 
 これで話はおしまい、とアルはラウルとのデートを締めくくる。
 ヒトは、ヒトと生きていく方がいい。
 シアの事を大事に思ってくれる人がいるのなら、尚更。

「俺の聖女を、頼んだよ」

 昔みたいによく笑うようになったシアがいつまでも幸せに笑っていることを願って、アルはそう言葉を紡ぎ、踵を返した。
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