【コミカライズ企画進行中】捨てられ聖女は働かないっ!〜追放されたので念願のスローライフはじめます〜
「シェイナは、大人だね」

「……どうでしょう。臆病なだけ、かもしれません」

 ふふっとキレイに弧を描くシェイナの唇を見ながら、やっぱり私が出会った中で一番素敵な大人の女性だと思う。 
 私は、生きる長さの違いに躊躇って、誰かを想っているかもしれない可能性に怖気づいて、アルの事情なんかこれっぽっちも考慮せず、距離を取られていることに拗ねながら、身勝手な感情を抱えて、ぐるぐる同じところを迷走しているだけなのに。

「ねぇ、シェイナ。人間のたった100年も生きないような短い時間で、一体何ができると思う?」

 私はふと、シェイナの意見を聞いてみたくなって言葉を投げかける。
 謎かけのようなその問いに、シェイナは少し考えて、

「なんでもできるし、なんにもできないかもしれません」

 と静かに答えた。

「ヒトの寿命が長いか短いかは置いておいて、時間というものは生きとし生ける全てのモノに等しく有限です。その限られた時間にどれだけの価値をつけられるのかは、きっとそのヒト次第で、価値があるかどうかを決めることができるのも結局は自分次第、なのかなと」

 私はシェイナの答えを聞いて眉根を寄せる。そんな私を見て、クスッと笑みを漏らしたシェイナは優しい口調で言葉を紡ぐ。

「例えば、恋をして、子を成したとしたら、その恋は血筋という形で永遠に遺ると思いません?」

 私は自分の指先に視線を落とす。歴代の聖女達は、誰かに恋をして、この力を今日(わたし)まで残してきたのだろうか?
 私は母を思い出す。父親だと名乗ったノートン伯爵からこっそり採取した魔力データと私の魔力データに一致する項目が一つもなく、親子関係が成り立たない事は知っていた。
 語る事はなかったが、母も誰かに恋をしたのだろうか? 
 そして思う。誰かを愛した証がココにあるなら、時間の長さなんて大した事ではないのかもしれないと。

「そうね、その考え方は嫌いじゃないかも」

 私は途中までしかできていない刺繍を手で撫でる。

「時間が限られていると分かっているからこそ、きっとヒトは何かを遺そうとするのね」

 私は刺繍を再開する。私が今入れているこれは古術式と呼ばれる昔のヒトが遺した魔法陣。

「で、呪いは完成しそうです?」

 非常に複雑な構図なので、完成までもう少しかかりそうだ。

「ええ、脆弱だと宣った人間の底力見せてやるわ」

 黒い羽織りに古い魔法。足らないパーツはあとひとつ。
 きっとアルはアレに私を近づけたくないのだろうけれど、いつまでもアルにだけ肩代わりなんてさせない。

『もう、知らない間に護られるだけなんて絶対嫌』

 必ず、返り討ちにしてやるんだと息巻いて、私はひと針ごとに祈りを込めた。
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