キミの隣が好き
私はコーポ向井の錆びた鉄階段を勢いよく駆け上がると、その勢いのまま玄関扉を開けた。
バンっ!!
玄関扉が壁にぶつかった音が響く。
ひよりとくるりは鉛筆を持った手を止め、驚いた顔で私を見た。
「わ〜ん! お姉ちゃんは意気地なしだよー!!」
「どうしたの?」
「聞いて! 実は……」
膝から崩れ落ち、そのままずるずると妹弟のいる和室へと這っていく。
些細なことから喧嘩別れしてしまった友達がいるのだと、二人に打ち明けた。
「でね、謝ろうと思って、水都の後をつけたんだ。でもいざとなったら怖くなっちゃって、声をかけられなかった。ヘタレだよね……」
「その人、怖いの?」
「ううん。優しいよ。でも……あれから八年もたったんだもん。なんで今さら謝ってくるの? 遅すぎ。とか、謝ったら許してもらえると思っているの? とか、仲直りとか無理。とか言われるんじゃないかって、悪いほうに考えちゃって……。水都が家に入っていくのを見送って終わってしまった……」
「ねぇ、お姉ちゃん」
弟のくるりが、初めて言葉を挟んできた。
「お姉ちゃんの言っていること、変だよ。八年たったから謝れないって言うけど、絶交した翌日でも謝れなかったんでしょ? 時間なんて、言い訳だと思う」
「うっ!」
「それに、相手がどう言うかなんて、謝ってみないとわからないのに。それと……」
「まだあるの⁉︎」
くるりは小学六年生。しかも末っ子。だけど、しっかりしている。私は家事や家計のやりくりの面ではしっかり者だけれど、常識や正義感や友達付き合いといった面では、くるりのほうが考えがしっかりしている。
「お姉ちゃんは、ミナトって人に悪いことをしたと思っているんだよね? だったら、相手の反応を気にするよりも、まずはちゃんと謝ったほうがいいよ」
「だよね……」
「私もくるりと同じ。勇気を出して謝ったほうがいいと思う。もしも許してもらえなくても、それは相手の問題だし。許してもらえなくても、謝ったほうが後悔しなくていいと思う」
優しいひよりが、フォローを入れてくれる。
「でも、頭ではわかっていても、素直に口に出せないことってあるよね」
「そうなのっ!! 頭ではちゃんとわかっているんだよ。でも、いざ本人を目の前にすると言葉が出てこなくて……」
「お姉ちゃんってチキンだね」
くるりの容赦ない意見に、私は絶句した。
だが、くるりとひよりが自分の考えを持って成長しているのは微笑ましい。
情けなさと喜ばしさが混ざって、情緒がこんがらがってしまう。
ひよりとくるりは再び宿題に取りかかり、私は日に焼けた畳に寝転がった。雨漏りの染みがついた、木目の天井を見つめる。
絶交宣言をしたとき。水都は泣かなかった。潤んでいる目からは今にも涙が落ちそうなのに、涙腺上で踏みとどまっていた。
反対に、私のほうが泣いた。泣きじゃくる私を、友達だった佐藤乃亜と女子たちが慰めてくれた。
水都との絶交と引き換えに、私は女友達との仲が復活した。
(不思議だよね。乃亜とは高校が別になって、連絡も取っていない。でも、水都とは一緒になった……)
私は起き上がると、昭和レトロな雰囲気の電気の紐を引っ張ろうとし……まだイケる! と踏んで、電気をつけるのを止めた。
電気代は極限まで節約すべし。見える限界まで電気をつけないというのが、鈴木家のルールである。
「夕飯作るね!」
「私は洗濯物をたたもう」
「ボクも!」
私は夕食作り。ひよりとくるりは洗濯物を取り込んで、たたみはじめた。
そのうちに父が帰ってきて、四人で食卓を囲んだ。メニューは、バラ肉ともやしの炒めもの。じゃがいもの煮っ転がし。ニラと卵のお味噌汁。
慎ましい夕飯の献立だけれど、みんなで食べると美味しい。
けれど、うまく笑えない。水都のことが気になって仕方がない。
バンっ!!
玄関扉が壁にぶつかった音が響く。
ひよりとくるりは鉛筆を持った手を止め、驚いた顔で私を見た。
「わ〜ん! お姉ちゃんは意気地なしだよー!!」
「どうしたの?」
「聞いて! 実は……」
膝から崩れ落ち、そのままずるずると妹弟のいる和室へと這っていく。
些細なことから喧嘩別れしてしまった友達がいるのだと、二人に打ち明けた。
「でね、謝ろうと思って、水都の後をつけたんだ。でもいざとなったら怖くなっちゃって、声をかけられなかった。ヘタレだよね……」
「その人、怖いの?」
「ううん。優しいよ。でも……あれから八年もたったんだもん。なんで今さら謝ってくるの? 遅すぎ。とか、謝ったら許してもらえると思っているの? とか、仲直りとか無理。とか言われるんじゃないかって、悪いほうに考えちゃって……。水都が家に入っていくのを見送って終わってしまった……」
「ねぇ、お姉ちゃん」
弟のくるりが、初めて言葉を挟んできた。
「お姉ちゃんの言っていること、変だよ。八年たったから謝れないって言うけど、絶交した翌日でも謝れなかったんでしょ? 時間なんて、言い訳だと思う」
「うっ!」
「それに、相手がどう言うかなんて、謝ってみないとわからないのに。それと……」
「まだあるの⁉︎」
くるりは小学六年生。しかも末っ子。だけど、しっかりしている。私は家事や家計のやりくりの面ではしっかり者だけれど、常識や正義感や友達付き合いといった面では、くるりのほうが考えがしっかりしている。
「お姉ちゃんは、ミナトって人に悪いことをしたと思っているんだよね? だったら、相手の反応を気にするよりも、まずはちゃんと謝ったほうがいいよ」
「だよね……」
「私もくるりと同じ。勇気を出して謝ったほうがいいと思う。もしも許してもらえなくても、それは相手の問題だし。許してもらえなくても、謝ったほうが後悔しなくていいと思う」
優しいひよりが、フォローを入れてくれる。
「でも、頭ではわかっていても、素直に口に出せないことってあるよね」
「そうなのっ!! 頭ではちゃんとわかっているんだよ。でも、いざ本人を目の前にすると言葉が出てこなくて……」
「お姉ちゃんってチキンだね」
くるりの容赦ない意見に、私は絶句した。
だが、くるりとひよりが自分の考えを持って成長しているのは微笑ましい。
情けなさと喜ばしさが混ざって、情緒がこんがらがってしまう。
ひよりとくるりは再び宿題に取りかかり、私は日に焼けた畳に寝転がった。雨漏りの染みがついた、木目の天井を見つめる。
絶交宣言をしたとき。水都は泣かなかった。潤んでいる目からは今にも涙が落ちそうなのに、涙腺上で踏みとどまっていた。
反対に、私のほうが泣いた。泣きじゃくる私を、友達だった佐藤乃亜と女子たちが慰めてくれた。
水都との絶交と引き換えに、私は女友達との仲が復活した。
(不思議だよね。乃亜とは高校が別になって、連絡も取っていない。でも、水都とは一緒になった……)
私は起き上がると、昭和レトロな雰囲気の電気の紐を引っ張ろうとし……まだイケる! と踏んで、電気をつけるのを止めた。
電気代は極限まで節約すべし。見える限界まで電気をつけないというのが、鈴木家のルールである。
「夕飯作るね!」
「私は洗濯物をたたもう」
「ボクも!」
私は夕食作り。ひよりとくるりは洗濯物を取り込んで、たたみはじめた。
そのうちに父が帰ってきて、四人で食卓を囲んだ。メニューは、バラ肉ともやしの炒めもの。じゃがいもの煮っ転がし。ニラと卵のお味噌汁。
慎ましい夕飯の献立だけれど、みんなで食べると美味しい。
けれど、うまく笑えない。水都のことが気になって仕方がない。