キミの隣が好き
 死にたい──。
 そのつぶやきに、「ひえっ!」という悲鳴をあげてしまった。
 軽いいびきを立てていた父が、「んー……」と寝ぼけた声で、寝返りを打った。
 私は慌てて口を塞ぐと、心の中で叫んだ。

(死にたい⁉︎ ダメだよ、そんなの絶対にダメっ!! 水都がいなくなるなんて、嫌!!)

 すぐさま水都の家に行ってチャイムを鳴らし、命の尊さを訴えたい。水都がどんなに素晴らしい人間なのか、力説したい。
 水都は私にないものをたくさん持っているのに、自己肯定感が低いなんてもったいない。

「どうにかしなくちゃ!!」

 けれど、時計の針は十一時を回っている。こんな時間に水都の家には行けない。
 もどかしい気持ちを抱えたまま、過去のつぶやきを遡って、水都の心を探る。

【ん@supenosaurusu・9月10日
 告白現場を見られた。最悪】

「これって……高梨さんに告白されたときのこと?」

 日付を見ると、九月十日になっている。高梨ひなに告白された日で間違いない。

「誰に告白現場を見られたんだろう? 私以外にも見た人がいるのかな? んん? もしかして……私っ⁉︎」

 告白現場には、当人と私しかいなかったように思う。
 私は隠れていたつもりでいたが、どうやらバレていたらしい。
 SNSを勝手に見ていることといい、告白現場のことといい、覗き見している私がいる。

「水都、ホントごめん。でも、入学式の日まで読ませて」

 水都のつぶやきは短文。指をゆっくりと上にあげてスクロールしていく間に読むことができる。
 八月、七月、六月……時間が遡っていく。
 四月に入り、三十日、二十八日、二十七日、二十五日……、そして、入学式があった四月八日にたどり着いた。
 
【ん@supenosaurusu・4月8日
 やっぱりダメかも】

「ん? どういうこと?」

 意味がわからない。なにがダメだったのだろう?
 前後のつぶやきから、想像力をフル稼働させて意味を探るしかない。

【ん@supenosaurusu・4月11日
 僕ってダメ人間】
【ん@supenosaurusu・4月9日
 人生って全然甘くなかった。苦さに溺れそう】
【ん@supenosaurusu・4月8日
 やっぱりダメかも】
【ん@supenosaurusu・4月7日
 ドキドキしすぎて眠れない。お腹痛い吐きそう頭痛い】

 4月7日の【ドキドキしすぎて眠れない……】が一番古いつぶやきだった。水都はこの日からつぶやきデビューをしたらしい。

 覗き見という背徳感にまみれながら読み進めたけれど、水都の気持ちを知るどころか、逆に迷路に迷い込んでしまった。

「入学式で私がいるのを見てどう思ったのか、書いていない。なんとも思わなかったのかな? 私は水都がいて、嬉しかったんだけど……」

 仕方がないのかもしれない。仲が良かったのは、八年前。
 世界が広がれば、気持ちも変わっていく。

 流しの水道から、水がポチャンと滴り落ちた。外を走る車の音が途切れ、父のいびきも静まっている。
 私は寂しい気持ちで、寝室に戻った。
 
  
< 24 / 132 >

この作品をシェア

pagetop