キミの隣が好き
 ボツボツボツ……。

 傘に雨が当たって、音を奏でる。傘の露先から、雫がポタポタと垂れる。
 傘に当たる雨音は、あることを思い出させる。
 休みの日に私服で会うことの特別感を考えるのではなく、私は幼稚園時代のある記憶に思いを馳せた。
 水都が口を開く。

「幼稚園のとき。先生がホースで水攻撃したことがあって、傘の中に逃げこんだよね。覚えていないと思うけど……」
「覚えているよ! 私もね、そのことを思い出していたの! すごいね。私たち、同じことを考えていたなんて。楽しかったよね」

 水都は口をポカンと開け、それから嬉しそうに微笑んだ。

「覚えていたんだ……。うん、楽しかった」

 それから私たちは、幼い日の思い出を語り合った。私の楽しい思い出の中には水都がいて、水都の楽しい思い出の中には私がいた。
 楽しいだけじゃない。運動会のリレーで転んで悔しいときも、クラスで飼っていたカメが死んで悲しいときも、口の悪い男子にからかわれて嫌な思いをしたときも、いつだって、私の隣には水都がいた。
 私たちは、いつだって一緒だった。そのことがかえって、離れていた時間を浮きあがらせる。
 胸を差すキリっとした切なさを隠すように、私は明るい声をだした。

「そうだ! 大切な話をするのを忘れていた。ブリトー、すごく美味しかった。ありがとう。妹も弟も気に入って、また食べたいって喜んでいた」
「良かった。ゆらりちゃんはなにを食べたの?」
「ハム&チーズだよ。美味しかったよ」
「僕もハム&チーズ。チーズが三種類使われているんだね」
「ハム&チーズが、一番人気があるんだよ。あ……っ」
「なに?」
 
 失敗したことに気づいて、「あぁーっ!」と叫んで、顔の片側を右手で覆う。

「ハム&チーズにしたんだけど、違うのを食べればよかった。マルゲリータにしようか、迷ったんだよね。でも一番人気のハム&チーズに心引かれて、つい……。マルゲリータにしたら、水都が今度食べるときの参考になったのに!」

 唸る私に、水都はクスクスと笑った。

「ブリトーの品評会をしたかったわけじゃないから、気にしないで」
「そうなの?」
「うん。話すきっかけがほしくて、食べた感想を言い合おうって言っただけだから」
「そうなんだ……」

 話すきっかけを作ってくれた水都。胸に甘酸っぱいものが広がっていく。
 水都は意外と積極的。小さいときもそうだった。結婚しようと言ったり、誕生日会に私だけ呼んでくれたり。
 子供のときはなんとも思っていなかったけれど、今は些細なことでもドギマギしてしまう。

 私のアパートの近くで、別れる。水都は家まで送っていくと言い張ったけれど、近所の小学生から幽霊アパートと呼ばれている建物を見られたくはない。

「右肩が濡れているよ。自分の傘なんだから、遠慮しなくてよかったのに」
「ゆらりちゃんこそ、左肩が濡れている。傘の中にもっと入ってくれたらよかったのに。……今度、相合傘をするときは、もっと近づこう」

 また今度が、あるんだ──。

 感情がごちゃ混ぜになって、泣きたくなる。
 水都は私を好きなんじゃないかって、勘違いしてしまいそう。

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