キミの隣が好き
「守るって、そんな大袈裟……」

 笑い飛ばそうとしたのに、うまく笑えない。動かした頬の筋肉がぎこちない。
 気持ちを切り替えたはずなのに、母に裏切られたという悲しみはそう簡単には抜けないらしい。
 涙腺が緩みそうになって、慌てて背中を向けた。

「謝るのは、私のほうだよ。水都はなにも悪くない。私が、うまくやれなかったから……」

 泣き顔を見られたくなくて背中を向けたというのに、声が震えてしまった。涙がポロッとこぼれて、頬を伝う。
 慌ててごまかす。

「あははっ。目にゴミが入ったみたい」

 明るく笑い飛ばして、素早く涙を拭う。今度はうまく笑うことができた。

「僕の前では、泣いていいよ」
「……っ!!」

 暖かなものが、背中を覆った。息が止まりそうになる。
 すぐ近くで聞こえる水都の呼吸。胸元に回された水都の腕。背中に感じる水都の体温。

 ──水都に、抱きしめられている……。

「あ、あのっ!」
「なに?」

(耳の近くで、水都の声がするっ!! ドキドキしすぎて、苦しい!!)

 大好きな人に、後ろから抱きしめられる。そんな憧れのシチュエーションが自分の身に起こっているなんて、信じられない。
 息がうまく吸えない。クラクラとする頭で、(なにか話さなちゃ!)と忙しなく考える。

「こ、こういうこと、ほ、ほかの人にもしているの?」
「こういうことって?」
「だ、だきしめる的な……」
「まさか。ゆらりちゃんが初めて」
「嘘だ!」
「なんで?」
「だって……昔、見たもん。彼女と歩いているところ」

 水都からの返事はない。

(そうか。やっぱりあの子は、彼女なんだ……)

 私は水都の手を払うと、五歩ぐらい足を進めてから振り返った。
 水都の背後にある社。その社の横に生えている大きな杉の木が、風にサワサワと揺れている。

「彼女がいるのに、どうしてこんなことをするの?」
「えーっと……彼女いたことないけど……。なにを見たの?」

 困惑している水都。その表情は、嘘をついているようには見えない。
 もしかして、水都が沈黙したのは彼女がいるのを当てられた気まずさからではなく、意味がわからなくて黙り込んだだけなのでは……?

「ごめんなさい! 勘違いしていたかも。中学校のときにね、水都がハーフっぽい綺麗な女の子と歩いているのを見たから……。同じ学校の制服だったし、仲良く腕を組んでいたから、彼女かと……」
「あぁ、うん。それ、勘違い。彼女じゃない。ただのクラスメート。スキンシップが激しい人で、すっごく迷惑だった」

 水都はふてくされた顔をした。

「僕が触れたいのは……」
「ん?」
「……なんでもない。それよりも否定しておきたいんだけど、彼女いたことないし、今もいないから」
「そうなんだ」

 意外だ。モテるのに、彼女がいたことがないなんて。
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