キミの隣が好き
 仲直りして以降。水都と交わす言葉も視線も、甘い気がする。まるで蜂蜜飴が口の中で溶けていくような、そんな甘さ。

【離れていた八年の溝。埋めていこうね】

 その言葉を実行するように、水都と話すことが増えた。しかし、なぜか同時に岩橋くんとも話す機会が増えた。

「ゆらりさん、おはよっ!」
「あ、おはよう」

 校門を入ったところで、岩橋くんが後ろから声をかけてきた。息が切れている。

「走ってきたの?」
「当たり。ゆらりさんの姿が見えたからさ、全力で走ってきた!」

 岩橋くんは愛嬌のある顔をしている。動物にたとえるなら、人懐っこい犬だと思う。ちなみに、水都はオオカミで、魅音はたぬき。
 岩橋くんはテンションの高い明るい声で、ドキッとすることを聞いてきた。

「前髪、自分で切っているでしょ?」
「あ、バレた?」
「やっぱりー! ハサミ、横にして切っていない?」
「ええっ! そんなことまでわかるの⁉︎」
「わかるってぇー。ゆらりちゃん、おっと、ちゃんづけで呼ぶと水都が怒るんだった。ゆらりさん、前髪の切り方、間違えている。ハサミは縦にして使わないと。それとさ、前髪、長すぎない? 目、悪くなっちゃうよ」
「そ、そうだよね」

 貧乏人にとって、髪切りは節約の基本。ひよりとくるりの髪は私が切っていて、私の髪はひよりに切ってもらっている。
 最近は髪を切るのが疎かになっていて、前髪が目の下まで伸びてしまった。
 妹に切ってもらっていることはバレなくて良かったと胸を撫で下ろしていると、岩橋くんの目がきらりと光った。

「怒らないでほしいんだけどさ、ゆらりさんの髪切った人、すっげー下手くそ。ざっくり感ハンパない。もしかして、素人に切ってもらっている?」
「ぎくーっ!」

 口元に手を当ててあたふたしていると、岩橋くんは「あははっ!」と快活に笑った。

「動揺しているゆらりさん、可愛いー!」
「お世辞言わなくていいから」
「お世辞じゃないってぇ」

 岩橋くんは茶目っ気たっぷりの笑顔で、私の目を覗き込むように顔を近づけた。
 岩橋くんは人との距離感が近い。ぐいぐいくるこの感じが苦手で、私はさりげなく身を引いた。

「俺の父さんさ、美容室を経営してるんだ。ゆらりさん、カットモデルしない?」
「カットモデル?」
「うん。まだお客に入っていないアシスタントの練習。あ、でも、心配しないで。仕上げはプロがやるから。変な髪型で帰すっていうのは、絶対にないからさ。無料だし、どう?」
「無料⁉︎」

 
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